Maya Temples/深沢レポート



アルトゥン・ハ遺跡

 サン・サルドバール空港に着いたのは翌日の早朝。それから更に約2時間ほどジャングルの上を飛び、窓辺にカリブの海が見える始めると間もなくベリーズ・シティーである。眼下の樹海の緑は一層みずみずしさを増し、その影に時折、ゆったりとした川の流れが見え隠れする。

 ベリーズは、日本の四国よりやや大きめの国で、人口は約20万人。歴史的には、おそらく2000年以上も前からマヤの土地であり、そこへ近世になってスペイン人が侵入し、しばらくその統治が行き届かなかった合間に今度はイギリス人が入植して旧英領ホンデュラスとなった。そんな訳で隣のスペイン系グァテマラ国とは長年紛争が絶えなかったようであるが、1981年になって立憲君主制国家ベリーズとして独立し、現在に至っている。人種的には英領時代に移住してきたカリブ海諸島の黒人がこの国の多数派で、他に、マヤ系インディヘナ、中国人、インド人など極めて雑多である。従って、言語についても公用語は英語ではあるが、スペイン語、マヤ系ケクチ語、モパン語、ガリフナ語、クレオール語などが通用している。

 通貨はベリーズ・ドル(BZ$) で、公定レートは、1US$=2BZ$。砂糖、バナナ、オレンジ、魚貝類などわずかながらの農業や漁業の他にこれといった外貨をかせげるだけの産業もなく、これらからは豊かな自然とマヤ遺跡などを活かして観光開発に活路を見い出しつつあるようだ。

 日本との関係は、聞くところによれば『鯨』が仲立ちをしているようである。というのは、捕鯨禁止に関する国際会議では、ベリーズは、数少ない日本の味方国のひとつであり、そのために何かと通産省あたりが気を使っているらしい。東京の五反田にあるベリーズ国名誉総領事館もそんな関係から設立されたようで、名誉領事も、現在は元官僚の日本人が就任している。更に余談ではあるが、最近の新聞によれば、マヤ遺跡の点在するグァテマラとの国境地帯を国立公園に指定し、自然と遺跡の保護、ならびにその土地にふさわしい観光化について具体的な検討を始めるという計画がアメリカの大学の考古学者の指導のもとで進んでいるらしい。日本もこういった面で協力できるような国になればと日頃から羨ましく思う。

 ベリーズ国際空港とはいえ、それはジャングルを切り開いて造られた滑走路一本のほんの小さなローカル空港である。従ってそこではマヤ・ルートについての詳しい情報も求めるべくもなく、私たちは売店で地図1枚を仕入れてそのまま空港ビル前のレンタカー屋へとび込んだ。最初の店にISUZUの4WDが1台空いていたのでそれを借り、ついでに隣の店を通してその晩の宿泊予定地オレンジ・ウォークのホテルを予約した。

 最初の目的地はアルトゥン・ハ遺跡である。国道北線に出てまっすぐ北上し、途中から旧道に入って暫くジャングルの中のラフロードを走る。思ったより楽な道で2時間ほどで遺跡の入り口に着いた。遺跡は、よく整備されたユカタンのそれとは違ってほとんど野ざらし状態の草むらの中といった雰囲気であった。それでもほとんど土饅頭に近い二つの遺構(A6、A7)の間をぬけて広場に出ると、そのむこう側には幅広の階段の目立つ堂々としたピラミッド(B4、太陽の神殿)の姿が見え、広場のまわりには更に幾つかのやや地味ではあるがそれなりに古さを感じさせる魅力的な遺構が横たわっている。遺構A6の頂上に登るとその全体が俯瞰でき、しばらくそこでシャッターを押し続けた。

 アルトゥン・ハに人が住み着いたのは、BC600年頃からであり、それから古典期後期にかけて人口3000人ほどの商業都市として発展した。その繁栄はAD900年頃まで続いたとガイド・ブックにはある。出土品から、先古典期にはメキシコのテオテワカン地方との交易も盛んであったようであるが、現在、残されている遺構は、ほとんどが古典期後期のものであるとされている。『アルトゥン・ハ』とは、マヤ語で『岩石の池』( Rock Stone Pond ) という意味だそうであるが、これは、後世のマヤ人がジャングルに埋もれている遺構群を発見し、その時の印象からそう呼んだものと思われる。

 ユカタンのマヤ遺跡では雨の神チャクの石彫に魅せられたが、このアルトゥン・ハにもまた趣の異なる神のマスクが残っていたのは歓びだった。遺構A3と遺構A8のそれはかなり風化が進み、わずかにその輪郭をとどめるだけであるが、遺構B4、太陽の神殿の基檀に連なる浮き彫りには、まだ生気が漂っていた。

 太陽の神殿の頂上で言葉を交した地元の若者によれば、この周囲のジャングルの中には、まだ他にも遺跡が幾つか埋もれているという。そう聞けば、もちろん、行って見たくなるのが人情である。しかし、そこにはジープの入れる道もなく、枝葉を切り開きながらの徒歩で半日は要する場所であるという。その頃は、やや陽も西に傾きはじめていた。そこで私たちは、やや後髪をひかれる思いでアルトゥン・ハをたつことになる。


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Editor: Takeo Fukazawa
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