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 〈絵本の森〉物語 menu

更新日:2021年9月16日

1:ケーキパーティー

2:迷子の神様

3:じゅんすいなお話

4:童心の物語

5:森のお話、お話の森

6:神様の接近

7:記憶の輪、夢の行列

8:お話で哲学する


〈絵本の森〉物語


朗読・michiko

5:森のお話、お話の森

 今月はいよいよ、森のお話だよ。森のお話を続けてると、どうしてそのお話が森みたいになるかっていう、そういう〈純粋物語固有の現象〉についてだって。すごい哲学的みたいでひける子もいると思うけど、でもお話がいつのまにか森みたいになってるっていうのは、なんかいい感じでしょ。なんとなくだけど、ボクにもわかる気がするよ。
 
噴火で焼き尽くされた森にやってきた
若シカとホシガラス
ヨシはまず、〈森のはじまり〉から説明をはじめた。いつものように絵を見せてくれたんだ。荒れ地みたいになった森に、シカと小鳥さんがやってきた、そういう絵。小鳥さんはホシガラス君みたいだね(挿絵17)。
 「これはひとつの森の終わりで、そして新しい始まりの時期だよ。おそらくうしろに見える火山が大噴火して、森をすべて焼いてしまったんだね。枯れ木ばかりに見えるけど、もう再生ははじまってる。少し草原が見えるだろう。もうしばらくするとね、荒れ地に強いヤナギの仲間がやってきて、最初の茂みをつくってくれる。パイオニアツリーとか言われてる子たちだよ。」
 「じゃあこの子たちは? もうここに住むつもりなの?」
 リリーは、シカの若者とホシガラス君を指した。
 「いや、まだ無理だね。様子を見に来たのかもしれない。あるいは……悼みに来たのかもしれない。」
 「悼むって……悲しむことでしょ。何を悲しむの?」
 「ここに立派な森があるよって、おじいさんやお母さんから聞いてたのかもしれない。来たらこうなってたんで、亡くなった仲間たち、精霊たち、神様を悼んでいるのかもしれない。」
 「神様……そうか、神様も死んだんだ……」
 ボクもなんだか悲しくなったよ。またあのにんちしょうのヒコ神様、ここいらの風を治めてられた神様のことを思い出しちゃった。奥さんのヒメ神様は、もう亡くなったみたいし……
 「神様は死ぬけど……また生まれ変わる。だからね、長い目で見ると、とても安心できるところもあるんだよ。森が再生すれば、生まれ変わった森の神様がまた宿るわけだからね。」
 「そうか……じゃこの子たちも、新しい神様が生まれてないか、それをたしかめに来たのかもしれないね。」
 「そうだね、そうかもしれない。それはとってもいい見方だと思うよ。」
 ボクたちはしばらく絵をながめた。生まれて死ぬ、死んでは生まれる、そういう時間の流れみたいなのが見えてくる気がしたよ。
アカゲラの子育て風景
 ヨシはまたあたらしい絵を並べて見せてくれた。これはもう森のまっさかりの風景だ。アカゲラのお父さんとお母さんが、かわいいヒナを育ててる(挿絵18)。
 「森は、噴火や地震でほとんど滅びても、またかならず再生する。すると前よりもっと立派なにぎやかな森になる。あ、ボクたち人間が現れる前は、ってことわりをつけなきゃいけないのは、悲しいけどね。でも森は死んでも蘇る、これは〈地球の真実〉みたいなものだよ。そして盛りになった森は、もう永久に続くんじゃないかってくらいに、楽しくて、にぎやかで、そして穏やかに安定してる。だからこうして楽しく子育てにはげむこともできるわけだね。」
森で暮らす母子シカ
 ヨシはまた一枚、横にならべた。森でくつろいでる母子シカの絵だよ(挿絵19)。普通に見かける光景だけど、絵にしてもらうとなんだかしんみりするね。
 「森のいいところを、ちょっとまとめて考えてみようね。まずこうして安心して子育てできる。それはね、たとえば隠れ家がたくさんあるからなんだ。そして面白いんだけど、その隠れ家を、みんなで共有したり使い回したりする。この絵を見てごらん。」  ヨシはまた絵を見せてくれた。すぐリリーが「わー、かわいい!」と歓声をあげる。エゾモモンガっていう、ムササビの仲間の子供だって(挿絵20)。
巣穴から顔を出した
エゾモモンガの子供
 「あのアカゲラたちが作ってくれた巣穴を、こうやって使ってるんだ。ちょうど自分のからだぎりぎりくらいの穴を見つけて、大人数の一家で暮らしたりするんだよ。キツツキたちだって、前に作った巣穴を使ったり、他のキツツキ一家が使ったものを拝借したりもする。みんなそうやって森の共同住宅で暮らしていくわけだよ。リリーたちもそうだよね。」
 リリーはうなずいた。
 「うん、そう。わたしたちは枝の上に小枝で巣を作るの。自分で作ることもあるけど、他の家のを借りたりよくするよ。材料がないと、ちょっとこわいけど、タカが使わなくなった巣から枝とか持ってきたりもする。こういう木の洞だって、ときどき使うよ。」
 ヨシは、同じようなことは、草原の生き物でも起きているって言った。大アルマジロっていう、穴掘りの天才みたいな子が棲んでる草原では、その子が二日に一回くらい大きな巣穴を掘ってすぐ引っ越しするんで、空き家は他の生き物たちのぜっこうのすみかになる。たくさんの生き物たちが使い回してて、ほんとうに助かってるみたい。
 「ただね、草原と森はやっぱり根本的に違うんだよ。まあ言ってみれば草原は二次元で、森は三次元だから、空間の有効利用率っていうか……まあニッチとか言うんだけど、生き物が生きられる場所が、三次元的にずうっと積み重なってる。積み重なってるだけじゃなくて、入れ子にもなってたりする。そういうイメージだね。草原でももちろん地下とかは三次元的だけど、有効に使えるスペースはそんなに多くないんだよ。」
サバンナの水場
 ヨシはまた新しい絵を見せてくれた。草原の水場の絵。キリンさんがいて、シマウマがいて(挿絵21)……
 「あ、どっかで見た絵だな。」
 リリーがきょうみしんしんで身を乗り出した。あ、そうかとボクも思った。アフリカの風景なら……
 「そう、『サバンナの仲間たち』で使った絵だよ。アフリカのサバンナは、草原の代表みたいなものなんだ。たくさんの生き物が暮らしてる。ほとんどお隣さんどうしでね。だから追っかけっこもひんぱんに起こる。おとなしい動物は逃げて、どうもうな動物は追いかけるわけだね。それも〈進化のせつり〉だよ。でもぜんたいはすごく不安定なんだ。雨季と乾季が季節のリズムを与えてくれはするけどね。」
 ヨシは、草原のその代表みたいなサバンナは、人間の進化にもすごく関係しているって教えてくれた。キミたちは、まず森で暮らしてた。これは普通のお猿さんと同じだって。それが突然森が少なくなって、どんどん大草原が広がり始める。それで仕方なしに、食べるものはたくさんあるけど、すごく危険だったその草原で暮らすようになって……「いつのまにか一番危険な生き物になっちゃった」ってヨシは笑うんだけど……
 「まあ、それはちょっと単純化がすぎるね。森がなくなっていったのはね、温暖化とか寒冷化が複雑にからんでたみたいだ。あと火山噴火とか森林火災だね。だからボクたち人間も、あたらしい環境をもとめて、冒険を始めた。そしてさしあたり、そのサバンナで〈大進化〉をとげたんだけど……いいことばかりじゃなかったよ。突然〈火山の冬〉っていうのがやってきてね、絶滅しかけたんだ。」
 なんかそういう災難って、あちこちで起こってるみたいだね。あちこちっていうのは、つまりいろんな生き物が、そういう〈危機一髪〉みたいなことを体験して、なんとか生き延びてきたってことだけど……
 キミたち人類の場合、トバ火山っていう大きな火山が、ほんとうにすごい大噴火をしたみたい(インドネシアの方の火山らしいよ)。その噴煙が地球中を包んで、何年間かお日様の光が地上に届かなくなったんだって。それであっというまに真冬みたいになって、植物は育たなくなる、植物を食べる動物が死ぬと、その動物を追っかけていたどうもうな動物もどんどん死んでいった。キミたち人類は、ベジで〈狩猟人〉、つまりまあ雑食だったんだけど、でもまだ農業とか始めてなくて、食べ物は〈旬の物〉だけだった。だからやっぱり大変に苦労したみたいだね。ずっと昔の話らしいけど(七万年くらい前?)なんだかすごく同情するよ……
 「ね、大変な話でしょ。でもそういう破局はね、よく見ると、すごくいいこともいっしょに連れてきてくれる。それはね、そのころ氷河期がまた始まって、草原の勢いがなくなって、どんどん森が広がっていったんだ。ほとんど世界中に広がっていった。あんぜんに生きられるかんきょうが、目の前までやってきたんだけど……さて、ここでまた問題が起きる。ボクたち人類種の問題だよ。もう草原の生き物になってたボクたちは、かつて森に護られ、のんびり木の上で暮らしてた過去をすっかり忘れてた。で、明るい草原が大好きで、暗い森はこわくてしかたなかったんだね。でも草原はどんどん狭くなってくる。さて、どうすればいいだろう。」
 「森への出発! 大冒険のはじまり!」
 リリーは叫んで、ぴょんと飛び上がった。ボクもちょっと同じようなことを考えてたんで、だれかといっしょにカチカチカチッてくちばしさわりあってよろこびたかったよ。でもヨシもリリーもざんねんながらくちばし、持ってないんで、あきらめるしかなかったわけ。
 「そう、新しいかんきょうを前にして、勇気をもって、そのはじめて見るような世界に飛び込んでいった……」
 ヨシは期待をこめた目でボクたちを見る。クチバシはないヨシだけど、こころのなかでくちばしをカチカチカチッてさわりあいながら、ボクはこう答えた。
 「子供たちだね。巣立ちの子供たちのパワーでしょ。童心共同体が、その森に吶喊(とっかん)して、探検して、冒険して、ほら、こんなに楽しいよ、なにもこわくないよって、大人に教えてあげた。」
 「大人でも童心を持ってたらいいんでしょ。はじめて見る世界を、面白いな、わくわくするなって感じる、そういう大人もいたと思う。」
 リリーが補足した。これはなかなかいい「見方」だなってボクも感じたよ。
 で、ヨシはそういうお話をじっさいに聞いて集めてるって教えてくれた。動物園にゾウさんとかいるでしょ。キリンさんだっているし、サイ君だっている。そういう子たちは、でんせつとかしんわでだけど、キミたちが一度ほろびかけて、でもまた勇気百倍して、森に出かけていった、そして世界中に広がっていった、そのものがたりをもくげきしていたかもしれない。つまりそういう「ごせんぞさま」がいたかもしれないでしょ。そしてそういうおはなしをおとぎ話みたいに聞いて育ったかもしれない。だから自分たちもこうしてはるばるその広がった先の動物園にやってくると、同じ生き物の仲間として、キミたち人類の生まれ故郷のことを教えてることになるわけだね。自分の聞いたおとぎ話とあわせて考えると、ああそうかって悟る子もいる。だから自分たちはまあ「けいもうかつどう」をやってあげてる、そういう自覚の子がけっこういるみたいだね。で、ヨシは普通の入園者のふりをして、でも檻とかに近づいてスケッチの真似とかしながら、「聞き取り調査」っていうの?そういうのをやってるんだって。へえ、ほとんどドキュメンタリー記者なんだ、とか思っちゃうよ。
 で、その「森への出発」のお話は、「人類史ファンタジー」の第一巻として出版予定らしいよ。あと何年かかかるって言ってるけど、うまくいったらヨシの代表作みたいになるだろうね。キミたち人類と地球環境のかかわりを、誕生の時から、今現在までずうっと追いかけて、「種としての自己認識」を深めたいんだって。なかなか気宇壮大だね。うまくいくようにお祈りしとくよ。
アキラ君の〈へいわレストラン〉
  あ、さいごにおまけが一つ。ヨシによるとね、草原になれてたキミたち人間が森をこわがって、森の中には「人食いの化け物が棲んでる」って信じてた、その「こんせき」はほとうに長く続いたんだって。で、ヨシはそれを材料にして、あの楽しい〈へいわレストラン〉を描いたらしいよ。アキラ君が「おもてなしのせいしん」で森の化け物と仲良くなる話だね(挿絵22)。
 きょうはここまでだよ。まだまだ森のお話は続くけど、さしあたり、森ってやっぱりすっごくいいなっていう、そういう「いっぱんてきな感じ」は持ってもらえたんじゃないかって、そう思ってる。また来月も、楽しみにしててね。



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