ホーム | ロラとロルの神様さがし | 〈絵本の森〉物語 || 〈哲学の森〉 | 定位哲学講座 || michikoの部屋 | 本棚(作品紹介) | 〈絵本の森〉近況報告 | プロフィール |
 michikoの部屋 menu

更新日:2022年10月26日

 自己紹介

 ホシくん 賛(1)

 ホシくん 賛(2)

 招かれざる同居者
 または時季外れの怪談


 アシダカちゃんの失踪

 決闘の図像学(1)

 決闘の図像学(2)

 決闘の図像学(3)
 クハガタ兜の由来


 決闘の図像学(4)
 クハガタ――記憶の断絶


 三月は雛の月(その一)
  michikoのお雛さま


 三月は雛の月(その二)
  雛祭りの苦い思い出


 もう6月……
  久しぶりの共同生活(1)


 もう7月……今日は七夕
  久しぶりの共同生活(2)


 もう9月も半ば……
 山荘で見た映画の話(1)


 もう10月も半ばすぎ……
 山荘で見た映画の話(2-1)


 10月もそろそろ終わり
 山荘で見た映画の話(2-2)



michikoの部屋


〈招かれざる同居者または時季外れの怪談〉

 何日か前の夕方近く、気持ちのいい風が入ってくるなと思いながら、michikoがモニタに向かっていたときのことです。
 ふと視界に入るぎりぎり隅の辺りの床の上を、窓の方からソファに向かって何かが走り抜けたような、ふわっと飛び去っていったような、あるいは巨大な綿ゴミのようなものが風に吹かれて滑っていったような……???……でもやっぱりちょっと違うな、もっと奇っ怪で大きな生き物らしきものが恐ろしい早さで移動したような感じがしたけど……ええっ、今のはいったい何だったの? ちょっと背筋がぞくっとして、こわごわ目をこらして見ると、その視線を感じ取ったのか、それははっとしたように動きを止めて、そこに固まりました。思わず立ち上がって吸い寄せられるように近づくと、そこで目にしたのは、今まで一度も出会ったことのない灰褐色の生き物で、「虫」というにはあまりに大きな何者か……とりわけ気味悪く感じたのは、中心部にある身体から周囲に伸びた、細長く中央が少し折れ曲がったその沢山の足のせいだったかもしれません。動きを止めた姿は優に十センチを越えていました。
 michikoが武者震いしてさらに足を踏み出すと、相手は何を思ったかこちらの方に進路を向けかえて突進。かといって攻撃に転じたというわけではなく、開け放してあった隣の畳の部屋へ、そしてそこに敷きっぱなしになっていた布団の枕元と襖の間をサササッと進み、今度は壁を少し這い上って止まりました。ちょっと、ちょっと! さっきから、一段落したら少し横になろうと思っていたのに、そんな所に入り込まないでよ! これじゃあもう休む気になれないじゃない! ようやく我に返って、ここでようやく、いまや行き先を思案しているらしい、彼とも彼女とも分からないその生き物の長い足が、ちょうど八本あることを確かめました。なるほど、蜘蛛だったのか……別に、だからと言って不気味さが減ったわけでも、安堵したわけでも毛頭ないのですが、一応はれっきとしたこの地上の生き物、michikoの幻覚でも魔界の生き物でもないということだけははっきりしました。さて、どうしたものか……
よそのおうちに現れた
不気味な闖入者
  しばし考えあぐねていると、先方はこちらが動かないと見るや行動再開。四十センチばかり這い上っていたクロス張りの壁を、その高さを保ったまま引き返し、そこから続く襖の方に這い移って更にその端まで、と思いきや、襖は紙、途中でズルッとすべり、ボトッと鈍い不気味な音を立てて畳の上に落ちると、慌ててまた信じられないような猛スピードで居間の床を走り抜け、ソファの下へと姿を消しました。しばらく呆然としてその辺りを見つめていましたが、再び出てくる気配はなし。michikoはいまだ興奮冷めやらぬ面持ちで、またモニタの前に戻りました。もちろん、枕元をその巨大グモが駆け抜けたばかりの布団に横になる気には到底なれませんでした。
 ヨシは生き物にとっても優しいし、二人とも基本的には周囲の生き物との共生を心がけています。michikoももともと、「虫めづる姫君」ほどではないにしても、子供のころはトカゲやカエルとよく遊んでいたので、外で見かける網を張るふつーのクモや家グモにキャッと驚いたり毛嫌いしたりすることはないのです。とはいえ、いくらなんでも十センチ以上もある巨大な蜘蛛が、こんな街中の住まいに棲息しているとは全く思いもよらぬことでした。
砂漠トカゲのトクトクくん
 因みに、このヨシが描いたトカゲは日本のトカゲではなくて砂漠のトカゲですが、でもそんなに大きな違いはないのでここにご紹介しておきます。このトクトクくん、かなり問題のある、相当にイライラさせられる子なのですが、彼のキャラや名前の由来については『サバンナの仲間たち』を読んでいただければ分かります。ホシの次くらいにmichikoが好きな子です。まあ、問題がある子ほどかわいい、ということかもしれませんね。
 そしてアマオくんのほうは、〈絵本の森〉物語4にもちょっとだけ出て来ていますが、『水の惑星』第一部、それから来月から始まるHP物語〈神様探し〉にも登場しています。
世界を初めて見たアマオくん
 さて、モニタの前に座り直してはみたものの、頭の中はたった今その姿を見失った蜘蛛のことばかり。このままだと同居することになってしまう……何とかベランダに追い出す手はないものか……ヨシがトンボを外に逃がしてあげたときのように、両手でふわっと包むように捕まえて……という気にはとてもなれないし、その上刺されないとも限らない……今度出て来たらうまくポリ袋か何かの中に追い込み、それからベランダに放置して勝手にお引き取り願うのはどうかしらん……こう思案してはみたものの、そのポリ袋にキャッチするのがそもそも大変に難しい。こちらが向こうを避けたい以上に、向こうはこちらを避けたいらしく、動く気配を感じとれば自分から這い出してくることはまずありえない。それに、追ったとしても、ともかく恐ろしいほど逃げ足が速いのです。まあ、八本も長い足があるのだから、二足歩行のmichikoの実に四倍、しかも中央の身体は小さく軽そうで、土台かなうわけがない。それにしても、一体どうやったら、その折り重なるような長足を一本ももつれさせることなく、あんなに機敏に動かせるのかしらん……
ヨシが逃がしてあげたのと
同じギンヤンマ
  その夜、そろそろ寝なければと考えたとき、あの蜘蛛はまだソファの下にいるような気がしていました。遅い夕食後にも、その辺りでチラッと視界をよぎったからです。あの大きさ、姿かたち、そして身体と足に走る縞模様が頭のなかにチラチラします。もしかしたら、眠っている間にこっそり出てきて天井に這い上り、ボトッとあの鈍い音をたてて顔の上に落ちてきたりしたら……これってまさしくホラーですよね。ちゃんとした都会の、古くはあるけれど街中の集合住宅の六階なのです。それに、家に入ってくるような蜘蛛なら、万一噛まれたとしても毒はないはず……わが頼もしき理性はそう推理してくれるのですが、「不気味」という感覚は残念ながら理性ではないので、簡単には納得してくれません。そのときふと、居間に置いたままになっていた掃除機に目が止まりました。深夜の丑三つ時なので、下の階の住人には心中「ごめんなさい」と平謝りに謝って、こちらも緊急事態、エイッと思い切って電源を入れ、吸塵力を目いっぱいに上げると、その吸引口をソファの下で二度三度闇雲に往復させたのでした。
 もちろん、ずっと見張っていたわけではないので、知らない間に別の場所に移動している可能性だって大いにあるし、冷静に考えて、「ほんの気休め」程度に過ぎないのかもしれない。でもとにかく、寝る前に何かしら「手を打った」気分になりたかったんですよね、多分。その一方で、実際に掃除機に吸引されていれば、わたしは結局、彼もしくは彼女の命を奪ったことになるなと、その後味は正直よくありませんでした。
 それから丸二日間が過ぎました。あの巨大な蜘蛛のことは忘れられるはずもなく、しばしば思い出していました。果たして、「あの子」は存命しているのかしらん、それともあえなく掃除機の紙パックに吸い込まれて、今やギュウギュウに圧縮されて、あわれおせんべいのようなペタンコの姿になり果ててしまっているのかしらん……そうして時間が経つうちに、何だかまだきっと生きているような気がしてきました。そして今日、michikoはその期待どおり、無事、再会を果たすことになったのです! そう、それは確かに「期待」だったと思います。
「あの子」と似てるよその家の子
 夜になって、またモニタの前に座っていたときのことです。ふっと顔を上げてソファの方を見やると、「あの子」はその近くの床の上に姿を現していました。向こうもこちらを気にして、こっそり窺っていたのかもしれません。それはまあ、「感動的」というほどのことではなかったにしても、少なくともこちらとしては、「生きててよかったね!」という真情を伴う再会でした(もちろん、かつて一度迫害者の身となったのも事実ですが……)。椅子を立って少し歩み寄ると、相変わらずササッと目にも留まらぬ早さで逃げ去りはしましたが、michikoはもう決心していました。そう、一緒に住むことにしたのです。こちらが近づくそぶりを見せただけで、すぐに姿を消してしまうくらいに臆病な子なんだから、夜中に顔の上を這い回るなんて大胆なことはきっとしないよね、と自分に何度も言い聞かせつつ……
ゴミに化けたカラスゴミグモ
 それに、外で網を張って獲物がかかるのをしんねりむっつりひたすら待っているだけのクモ(そりゃあ、網を張るには時間と労力と技術が必要だとは思うけれど)、しかもゴミと見誤るような擬態まで使って相手を騙そうとするとはなんと不埒な!……それに比べて、自分でエサを探して生身の不気味な姿を曝し、中にどんなに獰猛な人間が住んでいるやもしれぬ住居に怖めず臆せず闖入してきた「あの子」の勇気たるや、まさしく称賛に値すると思いませんか? 自主自立の精神に溢れた、実に活動的で健気な子ではないかしらん……と、すでにもう身びいきモード。
 あはは、物は言いよう思いようですね、われながら……ただただお腹が空いて、エサを求めて猪突猛進してきただけの単純で軽はずみな子かもしれないのに……
 それからふっと思いついて、この蜘蛛についてネットで検索してみました。ウィキペディアによれば、家の中に棲む徘徊性(網を張らない)の蜘蛛では日本最大、「アシダカグモ」というクモのようです。あの嫌な〇〇〇〇を捕食するその働きぶりから、「アシダカ軍曹」という異名もあるそうな……夜行性と書かれていて、確かにこれまでも見かけたのはいつも夕方か夜でした。michikoにとっては初対面でしたが、関東地方以南の太平洋岸地域の家屋内に棲み、害虫を食べてくれる益虫なのだそうです。それにしても、生まれてからずっと関東地方以南で暮らしてきたというのに、これまで一度も出会ったことがないというのは……希有なる幸運だったのかもしれない……ん? この言い方、まだちゃんと覚悟ができていないのかしらん……
 さらに、「あの子」がずっとうちに居着くとしたら、それはうちに〇〇〇〇がいるということの証拠でもあるそうな……うーーーん、これはあまり納得がいかないな……ホウ酸団子も置いているし、普段からあまり見かけたことはないのですが……
アシダカグモの公式肖像写真
(ウィキペディア)
 ざっとネットを見渡してみたところでは、アシダカグモについての記事はかなりたくさんありました。このコロナ禍で「おうち時間」が増えたせいなのか、元々「おうち」を本拠とする生き物ですから、いまや人間との出会いも増え、「時代の寵児」、「注目の的」になりつつあるのかも……飼いたいと思う人までいて、ヤフオク!のオークションにまで出品されていました。ええっと仰天すべきなのか、ふーーーん、そうなんだと納得すべきなのか……「あの子」たちの勇猛果敢な活躍ぶりを伝え聞いて、手に入れたい人が増えているのかもしれません。こうして昨今知名度がググッと上がっているということは、実際に個体数も増加しているのかも……あろうことか、寝ている間に顔の上に落ちてきたとか、這っていかれたとかいう実におぞましい記事まであって、さすがに一旦はこころを決めたはずの覚悟がいささかぐらつきましたね。
 と、天井近くの壁をまたスススッと横に移動する姿が視界に入って、ん? 受け入れてくれたと思った家主の心変わりを心配して、自己アピールの必要を感じたのかも……わかった、わかった! 同居はもうOKしたから、夜中に顔の上を通るのだけはやめておいてよね!
 それにしても……この一件ですっかりクモ類の生態に詳しくなってしまいました。クモなんて、大きいのも小さいのも見たくない!という読者の皆さんにはごめんなさい。でもね、現実には正しく率直に向き合うべきだと思いますよ、あはは……



Copyright © 前野佳彦 All Rights Reserved.