ホーム | ロラとロルの神様さがし | 〈絵本の森〉物語 || 〈哲学の森〉 | 定位哲学講座 || michikoの部屋 | 本棚(作品紹介) | 〈絵本の森〉近況報告 | プロフィール |
 ロラとロルの神様さがし menu

更新日:2023年10月28日
       (最終回)


1: 神様の国なのに、
   どうして神様がいないの?


2:神様さがしのはじまり

3:鳴き声

4: いつもしずかに笑っている

5:お墓と御神体

6: 見えていて、見えてない

7: ふりむかないあいだは、
         そこにいる


8:古い神様と新しい神様

9:森の神様、森が神様

10:神様はどこにでもいるよ

11:温暖化と寒冷化

12: そこにいるけど、
       どこにもいない


13:団地の子育て

14:巣立ちのすがすがしさ

15:森と山の通い路

16:森のいぶきと子供たち

17:名代の木

18: アップルパイ・
         パーティー


19: 森と山と川をつなぐもの

20: ボクたちを包む神々しさ

21:生き物だけの進化

22:宇宙の〈四大〉

23:場所とそれをこわす力

24:内なる四大、内なる神様

25:護られて、護る


ロラとロルの神様さがし
――前篇:聞き取り調査――


朗読・michiko

2:神様さがしのはじまり

   山荘でのお話の続きです。富士山は遠くから見ると、あんなに神々しいのに、登ってみるとどこにも神様はいない。気配もしない。それはなぜかということを、ロラたちと考え始めたのでした。
 「ヨシはでも神様見たんでしょ?」
 突然ロルがわたしにこう聞くので、どきっとしました。
 「ほら……〈沼の神様〉。精霊たちと一緒に火の山に祈った偉い方。」
火の山に祈る沼の神と
その眷属の精霊たち
 ロラがじれったそうに言います。あ、そうかと思いました。わたしのお話は、仲間の生き物たちから聞いたお話がほとんどで、〈沼の神様〉のこともそうでした。火山噴火の火砕流に巻き込まれてしまう神様です。絵をお見せしておきましょう。
 このお話は、チングルマのクラから聞きました。お花畑を尾根近くの崖で見つけて、そこでお話ししたのです。書いているうちに熱中して、「見てきた」ようにお話ししてしまったのを、姉弟は誤解したようです。悪いなと思いましたが、ありのままを話して、見たのはクラたちで、わたしはそれを〈聞き書き〉しただけだと種明かししました。ロラもロルも顔を見合わせて、すごくがっかりした様子です。すごくすまない気持ちになりました。リリーがすぐ聞きました。
 「じゃあ……あの神様は? 最近ここに来たでしょ。もうすごく歳をとってらして、家に帰れなくなったりしてたけど……」
 これは、近くにある縄文時代から続いているらしい、古い小さな洞窟の神様です。たしかにわたしの山荘をたずねてくれたりしましたが、「化身」あるいは「名代」としてです。つまり……普通のおじいさんに、ふっと「神気」がやどってみえるということで……これも昔からある現象です。そう説明すると、リリーはちょっと不満そうな顔をしました。
 「でも……連れて帰ってあげたら、祠の前ですっと消えたよ。だから神様だってわかった。」
 「それはね……もうひとつの現象……記憶の〈精神化作用〉と関係してるんだ……」
 これは……すごく「本質的」で、そしてしばしば見られる現象です。あまり注目されていないのですが……つまりは、神様に会ったという確信は、さいしょはとてもあやふやでも、記憶とともに育っていくという、とても不思議な特徴を持っているのです。
 「だからね……それをたどって、元にいくと……だんだんにそうかな、そうだったのかなってあやしくなる。消えたみたいに見えたのは、林道の曲がり角で急に森に入ったからじゃないかって……」
 リリーは混乱したようでしたが、しばらく思い合わせて、「うん……たしかにそういうとこ、あった……」と認めてくれました。リリーもなんだかがっかりした顔をしています。また悪いことをしたなと感じましたが、「真実」なので仕方ありません。
 「ぼくは……俗人っていうか、あんまりいつもは神様とか気にしないんだけど、でもふっとすごく近くに気配を感じるよ。見えないけど、気配はすごくいいなって……ほら、あのかくれんぼの時……」
シダの森でかくれんぼ。ロラとロル、キビオたち
 キビオがこう言うと、ロラとロルの顔がぱっと明るくなりました。キビオはお友だちといっしょに渡りをして、その渡りが「新しい道を探す渡り」だったので、まず屋久島で冬越しをしたそうなのです。その時、ロラとロルも屋久島で「ネント」という子の足跡を「調査」していて(もじどおりの足跡です、仏足の一種らしいのです)、キビオたちと出会い、しばらく森で遊んだようでした。その遊びの一つが、「いてもいないかくれんぼ」で、それはシダのたくさんしげった森で、「自分はここにいるけど、べつのところにもいる、そこでとてもだいじなことに向き合っている」と、こころに思い続けるのだそうです。すると、「鬼」にぜったいに見つからなくなる……かもしれないという、魔法というか呪文のようなもので、だいたい「あともうちょっと」で失敗する、それを楽しむ遊びのようでした。あとで描いてみました。だいたいこんな感じかなと思います。
 「それ、なんかいまのお話に似てる。」
 リリーはその遊びの「こつ」を聞くと、すぐこう言います。
 「つまり……いるけど……いない。いないように見えて……いる。」
 ロラがこう言って、またぱっと明るい顔になりました。
 「なんだ。じゃあ……かくれんぼしてるんだ。神様は〈いてもいない〉呪文を知ってるのね。かんぺきにマスターしたのね。だから気配だけで、すがたが見えない。」
 「ということは……神様はいつもぼんやりほかのことを思ってる、ここじゃないほかのところのことを思ってる。だから神様になった……」
 ロルはこう言って、くすくす笑いました。
 「じゃあ、ぼく、神様かなあ。だって、いまここにいるのに、ここのことじゃなくて、あってない神様のことばっかり考えてたから。」
 「あ、だからロル、見えなかったよ。さっき消えてた。」
 キビオも笑いながら「証言」しました。わたしはみんなの気分が明るくなったのがうれしかったので、ちょっと関係がありそうな絵を探してみました。シカが山の尾根を見ている絵です。
シカと山並み
  「神様は隠れているのかもしれない。もういないのかもしれない。でもね、気配はこうして大きな風景の中にみなぎっている。気配が漂っているのは、ずっと遠くかもしれない。でも見ようとして見えないほど、感じようとして感じられないほど遠くじゃない。それがとても大事なことだとボクは思うんだ。」
 じっと絵を見ていたリリーが、にこっと笑って変なことを言いました。
 「つまり、紙の裏に隠れたりはしてないってこと?」
 「あ、それだと近すぎるよ。絵からはものすごく遠くて、ボクたちからは近すぎる。」
 キビオがなかなかうがったことを言ってくすくす笑います。ロラもほほえんで、そしてびっくりするようなことを言いました。
 「つまり、神様もこの日本、お日様の近くのこの国じゃ、世界内存在だってことね。遠くても、隠れてても、このただ一つの世界の中。」
 「へえ……ロラ、ハイデガー読んだんだ……」
 わたしがあきれていると、ロルがちょこちょこ袖を引いて、横の書棚をさしました。そこにはたしかに、わたしが学生時代から持っている、茶色く焼けてしまった、ハイデガー師の原書があります。
 「おねえちゃん、さいきん図書館にこってるの。ふらっと窓から入って、ヨシの推薦図書とか、よく探してるよ。」
 これがタネあかしでした。そうか、ひかりのこどもたちは、わたしたち人間の、「せいしんのひかり」も気にしてるんだなとわかって、なんだかうれしくなります。
 「あ、なかまうちでもりあがってる。ずるいな。」
 リリーがにやにやしますので、ちょっと説明しました。そんなに難しいことではありません。この世界の中には、わたしたちがいて、そしてそのわたしたちを見守る神様もいる、精霊もいる、みんなこのただ一つの世界の仲間たちだという、そういう見方です。
 「ただちょっと難しいのはね、それはまったく間違いで、世界をこえたところに神様がいて、そしてただそこにいるだけじゃなくて、この世界を思いのままに造った、そして……まあ、そうお話は続くんだけど、神様に似た人間に、じゃあ好きなようにしてみなさいってまかせたっていう、そういう考え方もあるんだ。超越神って難しい言葉を使うけど、まあ……キビオの今の冗談を使うと、紙の中にはいないで、紙の上か裏あたりから、じっと絵を見てるわけだね。」
 「あれ? だってそれ、ボクたちじゃない?」
 ロルがこう言います。これもなかなか「うがった」感想でした。
 「そう。だからね、ボクたちは〈超越者の似姿〉だっていう、そういう考え方が生まれていくんだ。ほとんど自然にね。でもぎゃくも自然だよ。つまりこの絵はすばらしい、それは事実だとして(「あ、作者の自慢」とリリーの声)……まあそう仮定してだね、するとすばらしい絵の世界にひたって入ってしまうだろう。ほとんどこのシカさんの気分でね。するとほら、もう紙の外も裏もなくなる。世界―紙―内存在になるわけだね。」
 「あ、それもかくれんぼだね。ここにいて、でもむこうのことを考えてる。」
 ロラもなにか「悟った」のかもしれません。とても明るいほがらかな顔をしています。
 「でもやっぱり、ボクは神様が見たいなあ……お日様が神様なら、お日様がほんとうにやさしくほほえむところを見て、じーんときて、ああ地球にきてよかったなって、そう感じたい。」
 「感じて、憧れて、見たくなって、さがして、見て、感じて、じーんとくるのね。」
 リリーがまとめてくれました。わたしたちはまた出発点にもどったようです。つまり……神様をさがして、見てみたいということ……
クマの親子と冬山、冬のお日様
 わたしはもう一枚、風景の中の神様の気配、つまり「世界内存在」の神様の気韻の絵を見せました。冬景色の山とお日様の絵です。
 「これはね、さっきのミノムシ君と同じくらいの距離だよ。同じくらいのところに神様の気配がある。」
 「わかった。つまり冬のお日様だからだね。すごくありがたい、あたたかい光。でももっとあたたかくなるよって、そう約束してくれてる。」
 リリーがこう言うと、ロラはうなずいて……「ちょうむずかしい」ことを言いました。
 「つまり、内存在の構造は時間性によって規定されるからね。今は冬なのに、もう春の〈到来〉をそこに感じてる。ハイデガーさんの好きだったエックハルトっていう人は、〈冬にバラを思えば、神様に近づける〉って言ってるそうよ。」
 みんな目を丸くしましたが……でも「冬のバラ」はとてもいい比喩だということはすぐわかったようです。
 「近づけるっていうことは……すごく近づいた子と、かなりの子と、まだまだの子といるわけだよね。」
 ロルがちょっと難しい顔をしました。ロルは男の子のせいか、ときどきとてもロジカルになることがあります。そのときはちょっと難しい顔をするのです。ロラはもちろんお姉さんで女の子です。でも宇宙と星の動きをずっと見てきて、「りくつずき」なところもある子なので、すぐ賛成しました。
 「それ、すごくいいね。ちょっと伝言ゲームみたいなとこある。」
 「ね、そうだよね。もとをたどるってだいじだよね。」
 「あ、なかまうちでもりあがってる。」
 キビオが笑いました。でもすぐこう言い足します。
 「なんとなくわかるよ。つまり、もし神様を見た子がいないかを調べる。じっさいに、すごくまれでも、さがした子はいる。近づいた子はいる。それなら、いろいろ調べて、〈聞き取り〉をして、だれが一番近づいたか、それをたしかめてみる。そこから神様さがしの手がかりをさがしてみる、それが第一歩だね。」
 「ね、いいアイデアでしょう。いきなり神様さがしは難しくても、もう近づいた子はいるわけだから、その子の証言をまず聞いてみる。そしたら、ボクたちも、もうすうっと神様に近づいているかもしれない。」
 ロルは大きな黒い目をみはってこう言います。姉さんのロラもうなずきました。そしてわたしを指してこう言います。
 「つまり、ヨシが一番近い。この中ではね。だって沼の神様を見たクラちゃんのお話を聞いて、そして面白いなって思って、あのお話を書いたんですもの。」
 「クラちゃんだけじゃないよ。ホシガラスのホシ君も、最後は神様によばれて星座になるよ。」
 ロルはもうお話を読んだという証拠に、こう言ってくれました。
 「じゃあ……ホシ君の方がヨシよりか神様に近いね。」
 リリーがこう言うと、ロルはなんどもうなずきました。
 「それはそうだよ。だって、ホシガラスの神様が〈人生すごろく〉遊びをしに、夜、森に降りてくるんだよ。そしたら、稚児さんだったホシ君もいっしょに遊ぶの。」
ホシがホシガラスの神様と遊んだ人生すごろく
 まだ『クラとホシとマル』を読んでいない人もいると思いますから、その「人生すごろく」だけはお見せしておきましょう。こういう場面です。リリーは書棚の『クラとホシとマル』から、この絵ののっている頁を選んで開けると、ロルに見せます。ロルは「うん、その絵だよ」とうなずきました。リリーはなっとく顔で続けます。
 「さっきロルたちが来たときにね、ちょうどそのホシ君と、ヨシが山で最初に会った時の話をしてたの。」
 「その絵がそうなの?」
 ロルは壁にピン留めした絵を指して聞きました。絵付けが終わったばかりでまだ少しぬれているので、乾かしているところです。わたしは注意して指先で四方を持ちながら、机の上に置き直しました。
 「山頂近くで突然霧がわいてきてね、道に迷うとあぶないなって思ってたら、グェッ、グェッってカエルみたいな声がすぐ近くでして……それがホシだった。岩の近くで鳴いてて、そこには登山道の赤いマークもあったんだよ。矢印はちょうど逆向きだった。ボクが近づくと、ちょっとうなずいて、飛んでいった。それだけだけどね。危ないところを助かったのかもって、あとでそう感じたよ。」
 「ヨシは山のことよく書くけど、登山はわりとシロウトだもんね。だのに難しい岩山とか登りたがるし。」
ヨシとホシの出会い。霧の山頂付近
 リリーはなかなかきびしいことを言います。
 「でも……そうね、なんかかくれんぼと神様の気配がする。ヨシは道をさがしてて、ホシ君は道を教えてくれたなら……それも神様の道だったりするのかな。」
 そうわたしもどこかで感じていて、この絵を描いてみたくなったのかもしれません。
 キビオが〈調査対象〉を決めました。
 「じゃあきまりだね。ホシ君はもう一人、もう一羽いるよ。星空に上がったホシ君の甥っ子。ホシ君が幼いころからどういう風に神様に近づいていったのか、それを〈聞き取り〉するにはぜっこうの子だと思うけど。」
 ロラとロルはもうその気でいたようです。ともかく「てがかり」が大事だということ、それはいままでの話でわたしにもよくわかりました。ですからその「てがかり」がどういう風に見つかるのか、とても興味がありました。
 こうして、ロラとロルの「神様さがし」が始まったのです。最初は神様に認められて星座になった……かもしれないホシガラスの、その親戚の〈聞き取り調査〉です。それがどういう風に進んでいったのか、それを次にお話しすることにしましょう。




Copyright © 前野佳彦 All Rights Reserved.