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 ロラとロルの神様さがし menu

更新日:2023年10月28日
       (最終回)


1: 神様の国なのに、
   どうして神様がいないの?


2:神様さがしのはじまり

3:鳴き声

4: いつもしずかに笑っている

5:お墓と御神体

6: 見えていて、見えてない

7: ふりむかないあいだは、
         そこにいる


8:古い神様と新しい神様

9:森の神様、森が神様

10:神様はどこにでもいるよ

11:温暖化と寒冷化

12: そこにいるけど、
       どこにもいない


13:団地の子育て

14:巣立ちのすがすがしさ

15:森と山の通い路

16:森のいぶきと子供たち

17:名代の木

18: アップルパイ・
         パーティー


19: 森と山と川をつなぐもの

20: ボクたちを包む神々しさ

21:生き物だけの進化

22:宇宙の〈四大〉

23:場所とそれをこわす力

24:内なる四大、内なる神様

25:護られて、護る


ロラとロルの神様さがし
――後篇:アニミズム神学、または楽しいおしゃべり――


朗読・michiko

23:場所とそれをこわす力

 どうやら神様は見つかったらしいよ。それは、風とお水、お日様と土の調和とバランスをうんだもの、ずっと昔のやくそく、ヒコたちヒメたちのやくそくから生まれる、そこまでわかったわけだね。そのやくそくは、さいしょ、大きな一つの大陸の、一番高いお山の山頂ではじまった……ヨシはそれを、〈四大のさいしょのおきて〉だと言った。
 「風とお水、お日様(あるいは火の山)と土が、そのままヒコ、ヒメから、神様に成長していくわけじゃないよ。ここがとてもだいじだ。〈始原のおきて〉、その山頂でかわされた約束をまもっていくヒコたち、ヒメたちが、長い時間をかけて、森の神様、山の神様に成長していった、そうその神話は伝えている。そしてボクはそれは、生態系の真実だと思う。だって風はおきてをやぶると暴風になるだろう。お水は洪水を起こす。火は大噴火、そして土は……そうだね砂漠になったり、土砂崩れをおこしたりする。それがまた〈邪気〉と関係してくるんだよ。」
 ボクたちは顔を見合わせた。〈邪気〉っていうのは……黒いゆれる影みたいなものから、赤く燃えるこわい影まであるけど……森で暮らしてると、どうしてもチラチラ感じるんだ。みんなそうだと思う。こわくて……正体不明で、でもみんなの生活に関係してる。だから思わず顔を見合わせたんだけど……
 「これは責任のがれじゃないんだ。わかってほしいんだけど、人間が自然をこわし始める前に、すでに〈邪気〉が存在して、その〈始原のおきて〉とぶつかり続けてきた。つまり……調和とバランスをこわすものが、〈邪気〉だから、それは〈自然邪気〉だという風に言ってもいい。これは生命の原理の中にすら……存在してる。」
 「業(ごう)……とか?」
 みっちゃんが言うと、ヨシはうなずいた。
 「そう、ブッダはそういう風に生命をとらえた。生命に内在する否定的な力が、生きることを苦しみそのものに変える……」
 ヨシはちょっとまたあたりを見回した。もう午後のお日様はかたむきはじめて、少し涼しい風が吹いてきてる。
 「ブッダほど徹底的じゃないけど、現代科学もね、いのちに内在するいろいろな否定的な力を解明してきている。たとえば……盲目にひたすら増え続ける力……それがバランスを失うと、森をこわしたり、川をこわしたりする。生態系そのものをこわすんだね。わかりやすいれいだと、ブラックバスっていうすごく強い魚が外来種で入ってくると、それだけでいままでの〈生物多様性〉が失われる。つまり……仲良く横並びに生きていける川や湖が消えて、けっきょくはその〈最強の〉ブラックバスも死に絶えてしまう。これは外来種の問題だけど、生命進化の中で、〈自然に〉こういうことはもう数え切れないほど繰り返されてきた。ね、これが〈自然邪気〉の一つの場面なんだよ。その大元には何があると思う?」
 「四大の……バランスが……くずれること。暴風とか洪水とか大噴火とか土砂くずれ……」
 リリーがつぶやくように言うと、なんだか聞いてるボクたちもぞくぞくしちゃった。そうだよ、キミたち人間だけが自然をこわすんじゃない。自然が自然をこわすこともある……それもすごくたくさんあって、それはほんとうにこわい。わけがわからないから、よけいこわいのかもしれないね……ヨシはちょっとうなだれているリリーの背中を、手のひらで軽く包んであげた。リリーはとても気持ちよさそうに目を閉じた……
 「ね、森や山や川、そのあたりまえの平和がどれくらいまれか、それをまず思い起こそう。〈邪気〉にはあらゆる場面ででくわす。でもこわがることはないんだよ。その逆側にかならずバランスをとりもどす力がある。〈おきて〉の力が生きている。その証拠はすごくわかりやすいよ。」
 「こうしてわたしたち生きてるし!」
 リリーはきゅうに「しゃきっとして」こう言った。
 「そして楽しくおしゃべりしてるし!」
 キビオも笑いながら言う。それで……ぼくたちのこころから、すっと重い物がとれる気がした。不思議だね。でもほんとだよ。
 「調和とバランスがあると……こういうすばらしいことが起こる。」
アヤメ
 ヨシはまた一枚、絵を見せてくれる。みっちゃんがすぐ、「わあ、きれい」って小さく叫んだ。とってもきれいなお花、アヤメの絵だよ。
 「ね、仲良く、つくつく咲いてる。もう何もいらない。この地球はこんなにすばらしいっていう、そういう感じだね。でもね、このお花が野原に咲き誇る、そのためにはどんなに微妙なバランスが必要か、それをちょっと考えてほしいんだ。そしてこういうお花があるところには、まず〈邪気〉はない。すくなくとも〈自然邪気〉はない。そのすばらしさもね。」
 ヨシはにこにこ笑いながら、じっとアヤメを見てる。なんだかアヤメのお父さんみたいな顔なんでおかしかった……
 「さて、これからがほんとうにくらーい話だよ。」
 ヨシは言葉とはぎゃくに、ちょっとにやにや笑った。
 「わかった、ヨシたち人間のせきにんでしょ。」
 リリーが言うと、ヨシはうなずいた。
 「なんでボクがぜつぼうしてないか、わかる?」
 「わかる、ぎゃくがわのちからが……人間の中にもある。」
 リリーはヨシとみっちゃんを指して笑った。ヨシは肩をすくめた。
 「ボクたちは小さな小さなこころみの例だよ。もちろんそうありたいと思ってる……でもそうなれるかどうかはわからない。ボクが言うのはね……そう、むしろ自然の力かな。もうおしまいかなと思うようなことを、人間はたくさんやってきた……でもおしまいになってない。それは……自然の回復力みたいなものが働くことが多いからなんだ。そしてそれは人間のこころの自然にも関係している。だから……自然をこわす人間のすぐ横に、自然を守ろうとする人々も現れる……いつもじゃないよ。いつもじゃないっていうのがすごく大きい問題だけど……でもそうなることも多い……」
 ヨシは例として、一度絶滅したと思われてた種が、思いがけず生き残っていたり、数をまた回復したりすることがかなりある、そしてそれにまた人間が関わっていることも多いということを言った。
 「足尾っていう場所はね、人間が……最近の人間がてっていてきに破壊した。銅を掘りだして、その毒を川に流したんだよ。だから川も山も住めなくなった。森の木すら枯れ果ててしまった。毒を持った煙にやられたんだね……でもね、もう人間も反省してそういうことはしなくなった。そして……少し植林もはじめた。すると消えていた魚、森の動物、小鳥たちもじょじょに戻ってきてるんだ。人間が放したわけじゃないんだよ。でも住めるようになったってわかっただけで、生き物たちは自然にもどってくる。これが一番信頼できる〈回復力〉だね。」
 「そうね、わたしもドキュメンタリー見たけど、田中正造さんのころは、ほんと、全部はげ山ですもんね。いまはともかく緑がだいぶ戻ってる。」
青垣の山並み
 みっちゃんも賛成する。ヨシはここでまた一枚絵を見せてくれた。また〈青垣〉の絵だよ。みんな同じだけど、でも一枚一枚ちがう。その意味はもうわかる気がした。つまり……典型は一つだけど、目の前の山はみんなちがうってことだね。シカは一種類でも、ボクたちはみんなちがってる……
 「生態系はバランスそのものでね。協力してつくりあげる……ちょっと人間っぽく言うと、民主主義なんだ。みんな生き物の権利を持ってる。独裁じゃないんだよ。わかるかな?」
 「わかるよ、すいへいりーべ、でしょ。」
 ロルがちょっと思いがけないことを言うんで、みんな目を丸くした。みっちゃんはわかったみたい。
 「そうよね、まだみーんないるもんね。そうして宇宙の生態系を作ってる。」
 ロルは得意そうだった。つまり……どんなに「原始的な」物質も、まだ宇宙にはそのまま残ってる。百三十八億年? そんなにたってるのに、最初のころのすい、へい、りーべ(つまり単純な物資をそう言うみたい)がまだ残ってる。その一方で、キミがいて、ボクがいるでしょ。これはもうそうとうに複雑な生き物だなっていうのは、ボクにもわかるよ。ただ一つの宇宙に、こんなにちがうものが、横並びに「同居」してる。これってやっぱりすごいよね。
 「問題はね、このなんでもある、横並びの世界が、一つの調和であるか、たんなる……乱雑なこんとんかっていうことなんだ。生命はね、どんな個体も一つの見事な調和だよ。そうじゃないと、すぐくずれて死んでしまう。生態系もそうだよ。でも生命よりも……個々の生命よりも、〈高次の〉、調和とバランスを必要とする……それを単純化して弱肉強食と呼んだり適者生存と言ったりすると……もう人間の文明の邪気にそのモデルそのものがさらされて、何も見えなくなる。生態系はそくざに消え去る……とボクは思う。こういう山並みは消え去る……」
 ヨシはためいきをついて、もう一枚見せてくれた。ボクにはすごくなつかしい絵だよ。伯父さんのようなシカが一頭、冬の森でじっと向こうを見てる。
冬の森のシカ
 「これは冬の森だけど、やはり調和でバランスだよ。それはもうわかるね。だからテオのようなシカも、森の気配、神様の気配を感じてる。その時ね、生き物の場所は秩序と〈おきて〉を持つ。ボクの言葉で言うと……〈定位焦点〉を持つ。神様との距離で、この世界のどこにいるかが、はっきりとわかる。こころの底からわかる……」
 ヨシはまた一枚、新しい絵をポルトフォーリオから取り出した。流氷の海があって、その上を鳥が飛んでる。またホシさんかもしれない……この鳥も、面白いんだけど、沈んでいく(それとも昇ってくる?)お日様にまっすぐ向き合うんじゃなくて、少しわきにそれてた……
 「これは……夢で見た場面なんだ。ホシに似た鳥がいてね、流氷の海をひたすら飛んでた。ね、お日様に向かって飛んでるけど……まっすぐじゃない……そしてね、『これはまずいな、まずいよ』ってつぶやいてる……それだけの夢……」
流氷の海を飛ぶホシ
 ヨシはまたボクたちを見回した。アルバが首をちょっとふって、「温暖化?」って聞く。ヨシはうなずいた。
 「流氷が少し早くなったり遅くなったりするのは、これは普通だよ。そしてね、極端なことを言えば、流氷がなくなったり、ぎゃくにあたり一面もう氷の原野になることも、地球の歴史じゃなんども繰り返されてる。そういう一見すると大変なことは、しばらくするとあたりまえになり……また別の生態系を生んできた。ほとんどいつもだよ。でも……これはまずいんだ。ほんとうにまずい、なぜかわかる?」
 「回復力?」
 ホシが聞いた。ヨシはうなずく。
 「急すぎる?」
 リリーが言った。ヨシはうなずく。それからこう続けた。
 「いまの二つで、人間が起こした自然破壊……その最大の最近のれいが温暖化だけど……その問題の〈ほんしつ〉はぜんぶ言い尽くしてる……とボクは思う。人間がやったことは、すごく小さなことだよ。温暖化も、地球の歴史では十度、あるいはそれ以上のレインジで起きてきた。でもそれはすごく長い時間をかけてだ。人間は二度、あるいは四度、地球の平均気温を高める……かもしれない。しかしそれは、二三百年という、地球四十八億年からすると、ものすごく短い時間、ほとんど瞬間に等しい時間だ。これが最大の問題になるのは……ボクたちに関係してるよ。」
 「合わせられない……から? 時間がない……」
 サワが言った。これも正解だったみたい。
 「人間も人間だけの神様を持っていた……文明の神々……」
 ヨシはちょっと遠くを見るような眼で言った。それから少し苦笑した。
 「ずいぶん人間っぽい神様でね、喧嘩ばかり……戦争ばかりしていた。あるいは……すごく独善的で独裁的でかんしゃくもちだったり……そういう神様は、もうぜんぶ、かんぜんに死んだっていう哲学者がいて……ボクの最初の先生だった。ニーチェっていう人だけどね。もちろん本を通じてだよ。
 その人に私淑した、もう一人の哲人、ハイデガー師もボクは大好きだった。あの〈世界内存在〉という言葉を作った人だね。言葉は難しいけど、たんじゅんな真理だよ。ボクもキミたちも、たったひとつのこの世界に生きてる。この世界を離れたどこかにいて、世界を外からいじりまわしたりはしてないってことだね……
 この人は、ちょっと……この島国の人に似たところもあって、自然がすごく好きだった。とくに森がね。存在論っていう、難しいけど、ごくあたりまえのものごとを深く研究する学問の〈巨匠〉と呼ばれた人でね……すごく印象的なことを言ってる。ボクたち現代人は、〈あたりまえの事物、その意味を忘れてしまった〉ってね。〈存在忘却〉っていう……格調高い用語をつくった……でもその意味はかんたんだよ。こういう流氷を見てもなにもかんじない、『まずいな、まずいな』っていう、それすらも感じなくなったってことだね……ボクたちは……たしかに神様を見失った……定位焦点を失った……生態系の迷子になった……」
 ヨシはさいごの方はもう一人言みたいに言った。みっちゃんがちょっと心配そうに見てる。ボクたちもはじめて見るヨシの姿みたいな気がして、ちょっとこころぼそくなったよ。そしたらね、アルバがこのこころぼそさを変えてくれた。ばたばたって大きな羽を広げて二三度はばたかせると、「ああ、いい秋だねえ」って言ったの。ふっと見ると……たしかに森はもう秋の夕日に照らされて、すっごくきれいに輝いてる。ヨシも夢から覚めたみたいにあたりを見回して、にっこり笑った。
 「ね、こうしていつも、調和とおきてがボクたちの正気を護ってくれるんだよ。絶望はきょもうだよ。希望しすぎるのもきょもうだ。まずしっかりと、発見した……かもしれない神様、そのおきてと向き合うことにしよう。あとはだから……そう、おきての護り手、名代のお話が残ってるね。」
 「お茶、かえない?」
 みっちゃんが言うと、ヨシも「いいね」ってうなずいて、テーブルのお皿を片付けはじめた。ボクたちも手伝って、それからまたすわりなおして「シメのお話」に入ったんだよ。
 名代のお話って、やっぱりすごくだいじだった。伯父さんにも関係してるしね。温暖化のことをほんとうに心配してくれてるキミにも関係してると思う。それを次回まとめてお話するね。おわりよければ……だよ。きっといいシメになると思う。楽しみにしててね。






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