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 ロラとロルの神様さがし menu

更新日:2023年10月28日
       (最終回)


1: 神様の国なのに、
   どうして神様がいないの?


2:神様さがしのはじまり

3:鳴き声

4: いつもしずかに笑っている

5:お墓と御神体

6: 見えていて、見えてない

7: ふりむかないあいだは、
         そこにいる


8:古い神様と新しい神様

9:森の神様、森が神様

10:神様はどこにでもいるよ

11:温暖化と寒冷化

12: そこにいるけど、
       どこにもいない


13:団地の子育て

14:巣立ちのすがすがしさ

15:森と山の通い路

16:森のいぶきと子供たち

17:名代の木

18: アップルパイ・
         パーティー


19: 森と山と川をつなぐもの

20: ボクたちを包む神々しさ

21:生き物だけの進化

22:宇宙の〈四大〉

23:場所とそれをこわす力

24:内なる四大、内なる神様

25:護られて、護る


ロラとロルの神様さがし
――前篇:聞き取り調査――


朗読・michiko

15:森と山の通い路

  リリーがさがしていた子ジカのネルが、ようやく見つかりました。〈奥原〉という森外れの草原でゴルフ場建設がはじまって、行方不明になっていた子です。リゾート地開発のその外資系の会社は、「保護活動と抱き合わせの地球にやさしい」ゴルフ場をうたいもんくにしていたようですが、ネルたちはつかまえられて、ペット会社の倉庫にしばらく閉じこめられていたそうです。
 「なにが地球にやさしい、よ。自分たちの財布にやさしだけ。」
 リリーはまだ「いかりしんとう」でした。
 「だいじょうぶだよ、もう助かったし……ゴルフ場も中止になったし。」
 助かったネルのほうがなぐさめていました。これはほんとうで、そのよく正体のわからない会社は、世界中に同じようなリゾート地を開発中だったようなのですが、「とつぜん行方をくらました」そうでした。なにか事情があるのでしょうが、東京の支社や港湾の倉庫も、もうもぬけのからだったといいますから、よくわからない無茶なはなしです。さいわいでも、ネルたちのはいっていた倉庫の世話は、日本の動物園に委託していたようで、そのままこんどはほんとうに「保護」されて、無事もとの森にもどってきたようでした。群れは最初二十頭だったのが、いまは四頭ほどふえています。倉庫でお母さんたちが「産気づいた」からのようでした。
子ジカのネル
 ネルは、わたしはテオから紹介してもらって、ちょっと知っている子です。テオはあの「神様を探しに山に入った」子ですが、以前ちょっとつきあったことがありました。それでネルにひさしぶりに会うと、とても立派な若ジカになりかけているので、なんだか見ちがえました。もともとみなしごで、テオがいろいろ世話をして親代わりになってあげていたのです。そのころはとても甘えん坊だったのが、もうしっかりものごとを考えはじめたいい目をしているので、なんだかうれしくなりました。
 おそらく今度の苦労でまた成長したのかもしれません。パニックにおそわれた群れをまとめるのに一役かったようだからです。動物園の飼育員の方が連れてきて下さったのですが、「ネルがいるんでほんとうに助かった」とほめてくれました。群れは無事あのゴルフ場の跡地にもどりましたが、ネルはしばらく山荘であずかることにしました。倉庫にいたとき、そこに逃げ出した猟犬がまぎれこんで大騒動になったらしく、子供を護ろうとして足をかまれてしまったのです。知り合いの獣医さんに見せると、「骨はだいじょうぶだね」と言うので、包帯だけしてもらいました。
 ロラもロルも山荘にもどってきていましたので、すぐに紹介をすませ、「聞き取り調査」に入りました。つまり、あのテオ伯父さんのことです。キビオもサワもホシもいました。近くの林道をいっしょに散歩しながら、「質問、および回答」をじゅんじゅんにやったのですが、秋の終わりの森はとてもいい香りがして、午後のお日様も、とてもやさしい木漏れ日をちらちら送ってくれました。「これはこれでフィールドね、秋の森の考えを聞く」とリリーが言います。それから「あ、アカマツがベースでキノコも薫ってる」と目を細めながら森の空気を吸い込みました。キビオたちも、時々地面におりて枯葉で遊んでは、またすうっとそこいらの枝に飛び移り、気持ちよさそうに翼を広げて、木漏れ日を受けたりしています。
 「じゃあ……テオさんもみなしごだったのね?」
 ロラはもう「調査」モードです。ネルはうなずきました。
 「うん、そう。両親ともね、森の木を荒らす〈害獣〉だっていわれて、〈猟人会〉の人たちから撃ち殺されちゃったの。テオ伯父さんも怪我したんだよ。それで街の獣医さんのところにしばらく入院した。ここよりずっと北の森だけどね。」
 「ネルは? やっぱりみなしご?」
 「うん。父さんは毒キノコにあたっちゃった。母さんは……交通事故。道路わたろうとして大きな車にひかれちゃった……二人ともおなじくらいに亡くなったんだよ。ボクはあとで知ったんだけど……」
 ネルはちょっとうなだれました。それから、にこっと笑って舌を少し出してみせます。
 「こうするとね、森の味がするよ。伯父さんから教えてもらったの。」
森の香りを味わうテオ
 みんなまねをしてみました。わたしもやりました。たしかに森の香りがちょうどおいしい料理の味のように舌にのってくる感じです。わたしもテオから教えてもらいました。テオは森のことにも、山や谷川のことにも、とてもくわしい子だったのです。
 「それで……テオさんだけど、どうして神様に近づこうって思ったのかしら。そのために山に入ったんでしょ?」
 ロラはまた「聞き取り」にもどります。ネルはちょっと木漏れ日を見上げてから、こう答えました。
 「それはね……よくわからない。テオ伯父さん、山巡りをしてくるよ、神様にあいさつしてくるってボクには言った。きっと……ゴルフ場のこととかで、伯父さんもすごく心配してたから、そういうことを神様からなにか教えてもらおうとしたのかもしれないし……」
 「でも、精霊になろうとして山で〈荒行〉っていう、すごく難しい修行に入ったって……そう聞いてるけど……」
 リリーが言います。ネルはちょっともじもじしてわたしを見ました。わたしは……テオが〈精霊加入礼〉を受けた子だったことは知っていたので、それを説明しました。精霊は大きな功績をあげた子が、死の間際の〈最終加入礼〉といわれる儀式で、山や海の神様じきじきに授けられる、そういう〈地位〉です。たいていは仲間を助けようとした子たち、森や川の〈実相〉をこころに受け止めることができた子たちが、その〈犠牲死〉のような死に方の間際に、神様の姿を見るか、その声を聞く……そう言い伝えられています(わたしも実際に見たわけではありません)。ただ……そういう神様との対面をめざして、生きている時から修行にはげむ子がごくたまにいました。そういう子は〈新参者〉という言い方をされたりします。テオはいろいろと事情があって、この〈新参者〉になった子でした。
 「……山川の加入礼はね、誰でもこころざせるんだけど、誰でも通過できるわけじゃない。ぜんぶで三つの段階があって、最後の〈最終加入礼〉は、秘儀とか奥義とか言われてるんだ。ボクも以前ちょっと調べたんだけどね……テオは第二加入礼までの〈印可〉をもらった。つまり合格したわけだね。だから……あとは山に入って神様に会うだけだというのは……いちおう理屈だけどね。それ以上はわからないんだよ。テオもそのことはネルにはっきりとは言わなかったよね。」
 「うん……なんか奥があるなってボク感じたけど、それ以上は聞けなかった……だって、伯父さんに会えなくなるかもしれないと思うと……なんだかこわくて……」
 ネルはまたうなだれました。それからロラを見て、ちょっと笑います。
 「ボク、すごくおくびょうだったの。伯父さんがいないと、もうなんか……こわくてこわくて、お外も歩けないっていう時期が続いたんだけど……いまはへっちゃら。」
 「子供のころって、たいていそうだよね。」
 こうちょっと重々しく言うロルも、子供そのものですので、なんだかおかしくなります。それからネルは、テオと会った日のことを話してくれました。お父さんお母さんが突然亡くなったことを知らず、草原や森を探し回るうちに迷子になってしまったそうです。森にはあのカラスたちがたくさんいて、子ジカはよくねらわれるのです。それをネルは知ってはいましたが、もう悲しくてこわくて歩き回っているうちに、どんどん森の奥に入り込んでしまいました。 「それでね、ふと見ると大きな木があって、その木の根元がうろになってたの。そのうろからね、小さな声がしたの。」

 〈ひょっこり ひょこひょこ
  こんなところに うまれてきても
  ぼくはぼく やっぱりあきのみのりだよ
  でもたべないでね どくがあるかもしれないし
  たべるとぼくがさびしいし いなくなるとみえないし
  こんなにいいもり いつまでもみてたいよ
  でもおつきあいなら だいすきだよ
  だからおいでよ ひょっこりひょこひょこ
  ここにおいでよ おはなししようよ〉

 ネルは目をほそめて歌います。聞いているだけで、秋の夕暮れの楽しい気配がそこいらじゅうに漂うような、おもしろい歌でした。
木の洞に入ってキノコの子とお話しする子ジカのネル
 「それでね、うろをのぞいてみると、とってもきれいな薄茶色のキノコの子が一人、この歌を歌いながらゆっくりからだをゆらしてるの。もう楽しくなっちゃって……いっしょに歌って、それからしゃがんでおしゃべりしたんだよ。そうしたらね……伯父さんの声が聞こえた……『そこにいなさい、わたしが番をしてあげるからね、もうあんぜんだよ』って。びっくりしてお外をちょっとのぞいたら……黒い影が見えた。立派な角も見えたよ。伯父さんが寝ずの番をして、ボクをカラスたちから護ってくれたの……すぐ寝ちゃったけどね……すごく楽しくて……でも悲しかった。朝起きるとね、伯父さん、お父さんとお母さんが亡くなったことを教えてくれたんだ。でもだいじょうぶだよ、これからはわたしについてきなさいって……そう言ってくれた……」
 ネルは目をほそめてためいきをつきました。そしてまたほほえみながら、頭を軽く右に左にゆすりました。まだあの時の楽しい歌を思い出しているのでしょう。
 「ネルはどうなの?テオさんを尊敬してるんでしょ。やっぱり……神様に近づきたいとか思う?」
 ロルが聞きますと、ネルは夢からさめたような顔をして、あたりを見回します。木漏れ日がチラチラと、ネルのつやつや光る毛皮の上で踊りました。
 「それはね、伯父さんがボクに聞いたことあるよ。」
 ネルはまた歩き出しました。林道のあちこちにキノコが生えていて、キノコ狩りをしている人がいます。手をふって挨拶してくれる人もいました。
林道を歩くテオとネル
 「二人だけで森を歩いたことがあるんだ。こういう林道に出て、ずうっと進んでいくと、小さな沼に出た。そこでしばらく休んだの。それからまた林道にもどって、草原に帰って行った……沼に入るところでね、ごうっと向こうの山から風が吹いてきて、林の木が仲良くゆれたんだ。伯父さんは歩きながらそれを見てね、『森では包まれる、山では吹いてくる』って一人言みたいに言うの。それからボクをふりかえってね、『神様のいぶきだよ、こころを澄ませてごらん』って言って立ち止まった。すると……すごくすがすがしい風がぼくたちを包んだの。ああほんとだ、森だと山からの風もこうしてぼくたちを包み込んでくれるんだって思った……」
 この林道にもときおり涼しい風が吹いてきます。山からかどうかはわかりませんが、いかにも秋の気配が感じられるそういう風でした。わたしたちはしばらくその風の中を歩きました。
 「近づかないでも……包まれるね。森っていいな……」
 ロラはこう言って、木漏れ日の向こうのお日様を見上げました……
 「森と山のあいだに、神様の通い路があるって……そう伯父さんは言ったよ。」
 ネルの話は続きます。
 「それはね、生き物をひとつながりにたもつために、とても大事な通い路だって。そうして神様が山から森に降りて下さり、また森から山に帰られる。その往復がそのまま〈おきて〉の姿なんだって。だから……誰かが、神様のお伴をしないといけない。森から山にいって、また山から森に帰る。自分はそういう生き物になりたいと思ってるって、そう言ってね、それから……いまのロラと同じことを聞いたの。ボクもそういうことをしたいかって……ボク……その時はまだほんの子供だったから、遠くに行くのがこわくて……はっきり答えられなかった。伯父さん……がっかりしただろうなあ……」
 ネルはためいきをつきます。
 「いまはどう? もう他の子供たちから頼りにされてるって、そう聞いたけど?」
 リリーが優しく聞きますと、ネルはうなずきました。
 「いまなら、伯父さんといっしょに山に行ってみたい。そのあと森に帰ってきたい……でももう伯父さんいなくなっちゃったから……」
 「ひとりで……修行とかする? テオさん、一人でやったんでしょ?」
 ロルが聞くと、ネルは首を横にふりました。
 「一人じゃないよ。精霊様といっしょ。お師匠様に森の奥で出会ったみたい……」
 ネルはチラとわたしを見ました。わたしは、テオはたしかに森で一人でいる時、精霊様に出会って弟子入りしたようだと言いました(それがオオカミの精霊様だったので、最初はひどくびっくりしたようです。この話は『日本の風景』に書いたことがあります)。
 ………………
山並みを見るテオ
 みんなで山荘にもどって、またその〈森と山の通い路〉のお話をしました。わたしは風景の中によくその通い路を感じることがあります。そしてそういう時は、たしかに風景を抜けていく、あるいは風景を包む、〈神気〉を感じることがよくあるのです。テオもきっと山を見たり、森を歩いたりしながら、そういう気配を感じてじっとこころを澄ませていたのだと思います。そのことを思い出しながら描いた絵があるので、みんなに見せてあげました。テオが山に入って山並みを見ている絵です。みんなには、こう説明しました。
 「ぼくは……学生時代から山が好きになって、よく登るようになった。たいていは一人で登ったんだ。そういう時ね、ふっと風景をじっと見てるシカさんの姿がこころに浮かんだりした。まだテオとおともだちになるずっと前だよ。シカは……神様の使いだって、ぼくたちは昔から信じてきたんだけど、だからこういう光景がこころに浮かぶんだろうね。自分が山をじっと見てるシカになったような……そんな気分もしたよ……」
 みんなでこの絵を見ながら、「山にひとまず入った」テオのことをしのんだのです……
 まだまだお話は続いたのですが、今月はひとまずここまでにしましょう。
 風景の中に神様の気配を感じる……これは縄文時代以来、この「ひのもと」の住民の特徴なのかなと感じることもあります。そしてわたしも、どうやらその一人のようです。だいじなことは……その神様はこの世界の中にたしかにいるということです。〈世界内存在〉という言葉がまたこころに響きます……
 そしてこの神様が、世界の中の神様であるためには、テオが言ったように、森と山、そのあいだの〈通い路〉がとても大切なようです。そのことを次回にまとめて考えてみましょう。もちろんロラたちといっしょにです……





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