ホーム | ロラとロルの神様さがし | 〈絵本の森〉物語 || 〈哲学の森〉 | 定位哲学講座 || michikoの部屋 | 本棚(作品紹介) | 〈絵本の森〉近況報告 | プロフィール |
 ロラとロルの神様さがし menu

更新日:2023年10月28日
       (最終回)


1: 神様の国なのに、
   どうして神様がいないの?


2:神様さがしのはじまり

3:鳴き声

4: いつもしずかに笑っている

5:お墓と御神体

6: 見えていて、見えてない

7: ふりむかないあいだは、
         そこにいる


8:古い神様と新しい神様

9:森の神様、森が神様

10:神様はどこにでもいるよ

11:温暖化と寒冷化

12: そこにいるけど、
       どこにもいない


13:団地の子育て

14:巣立ちのすがすがしさ

15:森と山の通い路

16:森のいぶきと子供たち

17:名代の木

18: アップルパイ・
         パーティー


19: 森と山と川をつなぐもの

20: ボクたちを包む神々しさ

21:生き物だけの進化

22:宇宙の〈四大〉

23:場所とそれをこわす力

24:内なる四大、内なる神様

25:護られて、護る


ロラとロルの神様さがし
――後篇:アニミズム神学、または楽しいおしゃべり――


朗読・michiko

18:アップルパイ・パーティー

  ボク、ネル。もう知ってるでしょ。〈奥原〉に住んでる子ジカで、ロラたちの〈神様さがし〉の手伝いをした子だよ。たくさんのフィールド? 〈聞き取り調査〉をして、成果はあったんだけど、神様はけっきょく見つからなかったみたい。それがどうしてかっていうことを議論しはじめると、なんかみんな頭がぼんやりしはじめた。するとロラが、じゃあ成果はたくさんあったんだから、それをみんなでゆっくり整理してみようよって提案したんだ。キビオがケーキが必要だねってダメをおす。それでヨシもそうだねって賛成して……山荘に集まることにした。ヨシのところにみんな集まるってことは、それはもうみっちゃんの作った特製ケーキのパーティーになるっていうのが〈定番〉だから、みんなワーイって歓声をあげたんだけど……
 パーティーは無事はじまったよ。でもそもそも、どうしてボクがこんなとこにいて、キミたちにお話してるのか……ボクもちょっととまどってるんだ。つまり……パーティーは、リリーによると〈ゼミ〉みたいなところもあって、そういうときは〈リポーター〉っていう子をきめて、どういうことをお話ししたか、それを報告して発表するらしいんだけど(このホームページっていうことだね)……その役がボクに決まっちゃったの。ね、びっくりするでしょ。ボクが一番びっくりしてるかもしれない。
〈奥原〉で遠足の子供たちにあいさつするネル
  あ、ボクは子ジカだから、すごくおくびょうで人見知りなところもあるけど、キミたちが嫌いとか、見たらすぐ逃げ出すとかいうんじゃないよ。〈奥原〉にもときどき遠足の子供たちがきて、森のことを聞かれたりするから、「この森ではね、とってもせいぶつたようせいがしっかりしてて……」とかは言わないか……引率の先生がそう言ってたのを聞いたりしたってこと。ともかく、子供だから、子供の気持ちよくわかるし、いっしょにかけくらとかしたことだってあるよ……
 ともかくね、みんなの前にほかほかのアップルパイが置かれて、ごくってなまつばのみこんだときに、みっちゃんがにこって笑ってね、「じゃあ……ケーキのあとはゼミだとして、だれにレポートやってもらおうかな」って言うの。そしたらすぐヨシが、生クリームをみんなのパイの上にのせてあげながら、「森のことをよく知ってて、〈神様さがし〉のことも知ってる、そういう子がいいだろうね」って言う。するとみんななぜかボクの方を見るんで、なんか悪い予感がしたら……リリーがキキキッて笑った。
 「ネルにきまりね。」
 「そりゃもうネルだよ。」
 キビオも笑うんだ。
 「じゃあ、ネル、悪いけど、レポート、いい? わたし手伝うから、いっしょにホームページにのせましょ。」
 こうみっちゃんが言いながら、すごく優しいお母さんみたいなおめめで見るんで(少しシカっぽいおめめだよ)、ボクもなんとなく「う、うん、いいけど……」って言っちゃった。それでこうしてキミたちの前で、「レポート」をやってるってわけ。
 なんか、あんまりすいすい決まったんで、あやしいなって思ってたら、やっぱりみっちゃんが根回ししたんだって。まずスマホをもってるリリーのところにメールが来た(リリーは、お世話になった獣医さんから、れんらく用のスマホをもらったんだ)。音声ファイルでね、こう言ってたんだって。
 〈ヨシがこれからまとめのパーティーをするんだけど、もうリポーターを替えてって言い出したの。わたしもそれがいいと思う。りろんとか熱中すると、だーって話しちゃうでしょ。論文みたいになったら誰もホームページ見なくなるしね。やっぱり『ヨシはそのときこう言ったよ、熱中してお話ししてたけど、よくわからなかった』っていう調子がわたしもいいと思う。いい子、いるよね。いなければ、リリーでもいいよ。 いつもあなたの みちこ〉
 リリーは〈わかったよ、わたしじゃないほうがいいと思う〉と返事をして、それからキビオと相談して、ボクを「すいせん」したみたい。そしたらみっちゃんもヨシも「あ、ぴったりだね」って賛成した、それできまりだって。ちょっとずるいなって、あとで思った。それでちょっとキビオにそのこと文句言ったら、こう言うんだよ。
 「でもね、ゼミとかレポートとかを、森の生き物……このばあいはネルだね……ネルにまかせて、リアルさを出すっていうのは、せいろんだと思うよ。それに……ボクがにらむところ、もう一つ理由がある。つまりね、せっかくのホームページをぶんがくにしたくないんだと思う。」
 「そうよね、ヨシ、〈ぶんがく〉きらいだもんね。へいきでうそをつく、じぶんのほんとうのことをいうと、ごくつまらなくなる、どうしてじぶんがつまらなくなったのか、だれのせきにんなのか、そればっかしついきゅうする、とかもんく言ってるし……」
 リリーもさんせいした。
 「まあてつがくしゃだしね、へんけんもあると思うよ。ボク、ぶんがく、いがいとすきだな。であいとか、なやみとかでしょ。けんかして、なかなおりして、もりあがる。せいしゅんは、やっぱりぶんがくだよ。」
 「まあ知ったかぶりね。いつものキビオ。」
ブナの枝にとまるキビオ
 リリーはまたキキキッと笑った。キビオはボクのすぐ上のブナの枝にとまって、気持ちよさそうにそよ風をからだに受けてた。それからボクをまた見て、こう説明してくれた。
 「ともかくね、ヨシ自身がパーティーの報告をすると、そこには奥さんでおともだちの……おともだちで奥さん、だったかな? まあいいや……みっちゃんがいて、ほっぺのおちそうなくらいおいしい特製のケーキを作ってくれてるでしょ。それをね『そのとき、こざっぱりとしたちゅうぼうから、愛する妻が、愛らしいケーキを持ってきたのであった。わたしはさりげなく生クリームをかきまぜていた。秋の気配の感じられる山荘である』とか報告してごらんよ。ほら、聞いてるボクたちだって、なんか恥ずかしくなるじゃない。」
 キビオはぜんぜん恥ずかしそうな様子もなく、チチチッて笑った。リリーはその時、もう大好物のドングリをかじってたんだけど、ちょっとボクを横目で見て、「ね、それがぶんがくなの、レポートじゃないの」って言うから……なんとなくわかったような、わからないような……
 
ドングリをかじるリリー
ともかく、ボクは「秋の気配の感じられる、パーティーであった」とかはやらないからさ。それは安心してよ。
 で、はじめにもどって、パーティーの報告をするね。
 お昼ごろからはじめたんだよ。穏やかな秋晴れの日で、キミたちなら運動会か遠足をしたくなるような日だった。リリーがボクの暮らしてる〈奥原〉に誘いにきてくれたんで、リリー、キビオ、それからカワセミのサワといっしょに、ヨシの山荘にでかけた。途中でホシもやってきた。みんなおともだちだよ。ロラとロルはもう来てて、みっちゃんのケーキ作りを手伝ってた。だいたいこれでぜんぶ。あとライチョウの子のカロも、もっと近かったら呼ぶんだけどって、ロラたちは残念がってた。カロはボクは名前しか知らないけど、とってもかしこいいい子だってね。会ったらきっとお友だちになれると思う。
 パーティーは、山荘の庭にちょっとしたバーベキューの炉とベンチがあるんで、そこでやることにした。ベンチは丸太を半分にしたやつで、とっても大きいからボクもねそべれるしね。キビオたちは直接テーブルの上だよ。それでケーキと、あとジュースとかコーヒー、紅茶、岩清水をならべるとみんなスタートラインだね。それからすぐあの〈リポーター〉の場面があって……あとは、よーいどん、みんなぱくぱくもぐもぐ、夢中で食べたよ。
 ボクは、ケーキをちょっこし、足元の草も少し、リリーがわけてくれたクルミも少しっていうふうに、お祭りみたいにいろいろ楽しんで、すっごく幸せな気分だった。こもれ日がチラチラ木のテーブルでおどって、とっても楽しい。ぴょんぴょんはねたくなったくらい……で、「なにごとにも終わりがくる、お日様にも、地球にもじゅみょうがある」わけで、アップルパイのじゅみょうは、ちきゅうよりもっとずっと短いから、じゅうじつしたいのちをまっとうして、もうぼくたちのおなかにおさまった(こういう言いかた、ちょっとヨシっぽいね。つきあい長いから、くちぐせうつったみたい。がまんしてね)。
森の梢を抜けていく小鳥
 お茶になって……みんな顔を見合わせて、「あ、クリームまだ口についてるよ」とか笑ったあと、なんとなく梢のゆれかたが気持ちよくてぼんやりしてたら、すうって黒い影がテーブルをよぎったんで、ちょっとびっくりした。上を見たら、ハトくらいの、そうホシガラスくらいかな、そのくらいの鳥さんが、こずえのあいだを飛んでいくところが見えた。でも見えたと思ったら、すぐ消えたよ。
 「ホシさんかな? あの人、くいしんぼうだったし……きっとパイのにおいが山の方までしたんだろうね。」

 キビオがこう言うと、サワは反対した。
 「ちがうんじゃない。ちょっと黄色い羽が見えたよ。」
 いつのまにか小さな双眼鏡でそっちを見ていたみっちゃんが、「キセキレイみたいね……そのルッカさんかもしれない。降りてきて一口食べていけばいいのにね」と言った。それでぼくたちは、ちょっと顔を見合わせた……ルッカさんはえらい人だったけど、つい最近亡くなられたっていう噂だったんだ。
 「ルッカさん、亡くなったみたい……」
 リリーがその話をみっちゃんたちに伝えた。ミソサザイのヒナが、野良猫に襲われかけたのをみつけて、野良猫を自分に引きつけてるあいだに、ヒナを逃がしたんだけど……後ろから来た車にはねられたみたい……
 「あれっ、ボクはヘビだったって聞いたよ。ヒナはヒバリだったって……」
 サワが言うと、こんどはキビオが小首をかしげた。
 「ボクは……山火事になりかけたぼや……ヒナはコゲラ……」
 「ルッカさんって、分身の術つかってたの? にんじゃみたいだね。ここはにんじゃのほんばだもんね。」
 ロルはきょうみしんしんだった。
 「なんか……ルッカさんって、もう精霊様だったのかもね。」
 これはロラの意見。ボクもひょっとしてそうかなって思った……そして伯父さんのテオのことをまた思い出しちゃった……もしもう精霊様になったなら、ルッカさんと同じようにあちこちで子供やヒナを助けてるにちがいない……ボクをこわいカラスから護ってくれたように…… 
 「たしかにそうね……羽ばたきの音、聞こえなかったし……少し透明だったかもしれない。」
 みっちゃんも双眼鏡をケースに直しながら言った。ヨシはお茶をのみながら、ちょっとなにか考えてたけど、ボクたちを見回して笑った。
 「つまり、ルッカさんも、このゼミというか饗宴というか、おしゃべり会にとても興味を持ってくれてるんだよ。山と森、谷川のいのちと神様の関係をさぐる、そういう大切なフィールドの整理が、いままさに始まるわけだからね。」
 みんなこの一言で、そうだ、とっても大事な相談がこれからはじまるんだっていう気分になってしゃきっとしたから、不思議だね。やっぱりルッカさんのおかげかもしれない。
 「ヨシと相談したんだけど……」
 みっちゃんはヨシをちょっと見て、こう切り出した。
 「わたしがヨシから聞いたことをまとめてみるね……まずロラとロルが、この島国は神様の国で、そしてお日様に一番ちかい〈ひのもと〉だなって感じた。最初に見た森で感じて……じゃあその神様に会ってみようって、いろいろあちこちに行ってみても、神様はいなかった。それでこんどは、神様に近づこうとした子に〈聞き取り調査〉をすれば、なにか手掛かりがえられるんじゃないかって思って、キビオたちといっしょに山や森、谷川にでかけてみた……それがこのフィールドの起こりね。それでいい? わたし、ホームページは手伝ったけど、〈里〉でのお仕事もあったし、しばらくここは留守にしてたでしょ。」
 「うん、それでいいよ、せいかくなりかいだよ。」
 ロルがこう「ほしょう」したので、みっちゃんはほほえんで、こう続けた。
 「それでね、ヨシと相談したんだけど、ロラとロルがそうやって神様さがしをして、ああそうかってわかったことがまずあるでしょ。会えなかったことはたしかだし、わからないこともやまほど、それはわかるのよ。でもわかったことがあるはず。それをまずたしかめて、それからわからなかったことをじゅんじゅんに考えていくのが、〈正しいてじゅん〉じゃないかって、そうヨシは言うの。わたしもそれがいいかなって思うんだけど……」
 ロラとロルは顔を見合わせて……にっこり笑った。とてもいいはじめかただなって、ボクも思ったよ。あそこがわからない、ここがおかしいっていうより、まずわかったこと、かくじつなことからしゅっぱつして、だんだんに難しいことにいくと、「問題が整理」されるもんね。「さすがてつがくしゃ」とキビオが半分じょうだんみたいにヨシをほめると、みっちゃんは「ほめすぎないでね、キビオと同じで、すぐ調子に乗るたちだから」って言って笑う。キビオもヨシも苦笑してた……
 それでね、ロラがまずこう言ったんだ。
 「わたしたちが感じたこと……はっきりと感じたことはね、たしかにこの島の山々、森、渓流や川には神様の気配があるっていうこと……そして、それが同じようで、でも少しずつちがうってこと……ちがうけどまたどこかでつながってるっていうこと……」
 ロルもうなずいて、こう付け加えた。
 「そしてね、そういう場所に来て、そよ風とかが吹いてくると、すごく気持ちよくて……すがすがしくて、ああこの星に来てよかったなって思う。それがはっきりとしたこと、かくじつなこと、ぎもんのないことだよ。」
 みんなも、ロラとロルに賛成した。山や川にはたしかに神々しさがただよっている。ただ……そのおおもとの神様にはなぜか直接会えない、それがとても不思議だった。
 「みんな、賛成みたいだね。」
 ヨシはみんなを見回した。
 「じゃあ……どうして会えないのか、それがだいいちの、大事な疑問だね。その疑問について、なにか考えを持っている人は言ってごらん。」
 「神様は……動いてる……」
 サワがぽつりと言うと、ホシは「そうだね、気配もあったりなかったりするし」と言った。これもみんなそうだなって思ってすぐ賛成した。するとね、リリーがちょっと面白いことを言った。「人間のせいかな……」って言うんだ。サワがちょっと目配せした。この意味はわかるよ。だって、ヨシはぜんせはオウムかインコで、みっちゃんは……そう優しいシカのお母さんだったかもしれないけど、いまは人間だもんね。すぐでもみっちゃんは笑った(この時はすこしウシさんみたいな目をしてた)。
 「えんりょしないでいいわよ。わたしたちだって、人間好きなとこもあるし、嫌いなとこもあるから。きっと……温暖化のこととかをリリー考えてたんじゃない? あと……ゴルフ場開発で〈奥原〉が消えかけたこともそうね。」
 「そう……でもわたしだって、人間好きなとこもあるよ。獣医の大野さんに助けてもらったし、ヨシとみっちゃんは大好きだし。だから……だから……よく言えないけど、近すぎるっていうか……」
 「そうだね、人間と生き物のくらす場所がどんどん近づいて、いまはあちこちで重なっている……そして人間の文明は自然をどんどん〈資源化〉してしまった……これが大問題だね。」
 「じゃあ……どうして会えないのか、それがだいいちの、大事な疑問だね。その疑問について、なにか考えを持っている人は言ってごらん。」
 「神様は……動いてる……」
 サワがぽつりと言うと、ホシは「そうだね、気配もあったりなかったりするし」と言った。これもみんなそうだなって思ってすぐ賛成した。するとね、リリーがちょっと面白いことを言った。「人間のせいかな……」って言うんだ。サワがちょっと目配せした。この意味はわかるよ。だって、ヨシはぜんせはオウムかインコで、みっちゃんは……そう優しいシカのお母さんだったかもしれないけど、いまは人間だもんね。すぐでもみっちゃんは笑った(この時はすこしウシさんみたいな目をしてた)。
 「えんりょしないでいいわよ。わたしたちだって、人間好きなとこもあるし、嫌いなとこもあるから。きっと……温暖化のこととかをリリー考えてたんじゃない? あと……ゴルフ場開発で〈奥原〉が消えかけたこともそうね。」
 「そう……でもわたしだって、人間好きなとこもあるよ。獣医の大野さんに助けてもらったし、ヨシとみっちゃんは大好きだし。だから……だから……よく言えないけど、近すぎるっていうか……」
 「そうだね、人間と生き物のくらす場所がどんどん近づいて、いまはあちこちで重なっている……そして人間の文明は自然をどんどん〈資源化〉してしまった……これが大問題だね。」
 ヨシはちょっとまた考えて、こう言った。
 「じゃあこうしようよ。まず山や川、森や沼のことをまとめて考えておこう。その時は、わざとボクたち人間のことはしばらく忘れて、まず気配のこと、そして〈通い路〉のことだけをじゅんすいに考えてみよう。どうしてそういうすばらしいことが、この島国ではごくあたりまえのように起きるのかってことをね。それからまた人間のことは忘れて……あるいは〈括弧に入れて〉……どうして気配はあったりなかったりするのか、そして神様に会おうとしても……さしあたりはできないのか、そのことを考えてみよう。それが終わったら、いよいよこんどは人間とその文明のことをまとめて考えてみる。温暖化が代表例だね。人間が神様をどのくらい遠のけているのか、遠のけてきたのか、遠のけざるをえないのか、そういうことを考えてみる。そしてみんなの見た〈フィールド〉の事実と照らしあわせてみる、それでどうかな。」
 「うん、いいよ。お姉ちゃんは?」
 こうロルが言うと、ロラもうなずいた。
 「うん、いい。まず山、川、森のこと、そこの気配ね。それから人間がどのくらい神様と関わってるか、ひょっとして神様を遠のけることもしてるのか、してないのか、それをいっしょに考える……うん、わたしもそれでいいと思う。」
 ヨシは、「じゃあそれでいいね」とボクたちに聞くので、みんな、「うん、その順序でいいよ」と答える。するとヨシはうなずいて、手元のポルトフォーリオ(って言うんだって、絵をいれておくケースだよ)から、絵を一枚出してみんなに見せた。とってもきれいな山並みの絵……ロラたちは「前に見たね」と言ったけど、ボクははじめてだった。
夕暮れ時の山並み 典型的な〈青垣〉
  「よく見てごらん。」
  ヨシはちょっと笑った。
 「あ、ちがうね。山の重なり方がちがうよ。前見た景色の方が遠くまでつらなってた。白い霧もあっちの方が多かったと思う……」
 ロラがこう言うと、みんな賛成した。キビオは「あっちは朝日で、こっちは夕暮れかもしれないね……」と言う。たしかにそんな雰囲気だなってボクも思ったよ。
 「そう、あっちはこれからはじまるなっていう感じだね。こっちは一日が無事に暮れていく安心感みたいなものが漂っている。」

 ヨシも賛成した。
 「きれいな……青垣……青垣でいいんでしょう?」
 みっちゃんが聞くと、「うん、そうだよ」とヨシはうなずいた。それからその「青垣」の意味を説明してくれた。日本の山並みは朝方、あるいは夕暮れ時、こういう風に見えることが多い。それを昔の人は「青い垣根みたいだ」って感じたみたい。たしかにそういう感じだね……
 「これがね、いちおうボクたちの出発点だから、確認しておこうと思ったんだ。つまり……風景の中に感じる神気、神様の気配ということだね。垣根ってことばに注目すれば……なにか気がつかない?」
 ヨシがこう聞いたら、リリーがすぐ答えた。
 「囲まれてる……包まれてる。同じ安心感だね。気配もわたしたちを包むよ。」
 ああそうかって、ボクも思った。たしかにそうだね。囲まれて、包まれると、すごく安心することって多いよね。ボクはあのほらに入ってほっとしたし……
 ヨシはボクたちを見回して、またお話を続ける。
 「この島国にはほんとうにごくあたりまえのように、こういう光景が日々くりかえされている。あんまりあたりまえすぎて、もう誰も注意しなくなるくらいにね。でもその前に立つと……いつもすがすがしい、おごそかな心持ちになる……つまり〈神気〉とボクたちの近さということだね。これが神様さがしの出発点だと確認しておこう……」
 ヨシはちょっと考えて、こう続けた。
 「そしてね、この同じような絵を何枚も描いてるボクのことも、わきにそえておこう。つまり……同じようだけど、ちょっとずつちがう、そのちがいがまた面白くてすばらしい、だから何度でも描きたくなるということだね、そのことを言っておきたくて、こうして少し別の、でも同じような風景を見せたくなったんだ。」
山を見上げるテオ、森が近くに迫っている
 ヨシはもう一枚、別の絵を取り出した。ボクは……すごくなつかしくって、うれしくなっちゃった。そして……すぐ悲しくなった……伯父さんが山を見ている絵だからだよ……ヨシはじっとボクを見ながら、みんなに聞いた。
 「これはね、このあいだ見せた絵より、テオ……あるいはテオに似た〈名代〉は山に近づいている。するとなにが変わるかな?」
 「山も……森みたい……途中までは森だね。」
 ロルが言うと、山と森のさかいに詳しいホシがこう言った。
 「そう、森が消えようとしているあたりはね、〈しんりんげんかい〉って言うんだよ。ボクたちホシガラスの大好物のハイマツは、だいたいそこいらへんにあるんだ。」
 ヨシはうなずいて、もう一枚の山の絵を見せた。早春の尾根がずうっと続いてて、そこが草原になってすごくきれいだ。
 「これも山並みは奥にちょっと見えるけど、もっと間近から見てるね。まあ……キビオやホシが尾根を飛び越えるときに見る風景だと思うけど。」
 キビオもホシも「そうだね」と言ってうなずいた。
 「わかるようにね、山も森も草原も、ひとまず別々に見えるのは、遠くから見た時なんだ。近づいていくと、山が森のかたまりになったり、山頂や尾根が草原のひとつづきになったりしているのがわかる。」
 「つまり……もともとひとつながり?」
 ロラがこう言うと、みっちゃんは拍手するまねをした。これが「ごめいとう」だったみたいだ。
早春の尾根続き
 「それでね、ボクがいいたいのは、見る場所、見える場所にはかならず誰かがいる。きょくたんなことを言えば、神様だってそこにいていい。でも見る場所と、見えるものは、きりはなせない、それがね、〈風景における超越〉……つまり風景と神様の関係だね、その〈普遍的な出発点〉なんだ……」
 ヨシはちょっとみっちゃんを見て、「難しすぎる?」とささやいた。みっちゃんは首を横にふって、「絵があるから、わかると思う……ね、そうよね、ロル」と聞いた。聞かれたロルは、ちょっと考えて、「ボクにわかってほしいとヨシもみっちゃんも思ってる、それはわかるよ」と言ったんで、みんな思わず笑っちゃった。でもすぐお姉さんのロラがこう言った。
 「言葉はわからない。でもヨシの気持ちはわかるって、そうロルは言ったの。わたしもそうよ。そして……このテオさんの気持ちもわかる、見ている子がいない、こっちの絵も、誰かが見てるとして、そこにいる誰かの気持ちもわかる。早春の山はいいな、すごくいい雰囲気だなって思ってる……それは神様の気持ち……かもしれない。それでいいんでしょ、ヨシ。」
 「うん、それでいいよ。気持ちがないと……言葉だけが流れてむなしいからね。」
 ヨシはほっとしたように笑った。ああ、てつがくって、むずかしくって、でも気持ちがこもってて、悪くないなって思ったよ……
 あ、もうずいぶんお話ししたね。今月はここまでにさせてよ。これからまたつぎつぎ、「気持ちのこもったお話」が続くんだよ。来月もきちんとレポートするから、楽しみにしててね。






Copyright © 前野佳彦 All Rights Reserved.