ホーム | ロラとロルの神様さがし | 〈絵本の森〉物語 || 〈哲学の森〉 | 定位哲学講座 || michikoの部屋 | 本棚(作品紹介) | 〈絵本の森〉近況報告 | プロフィール |
 ロラとロルの神様さがし menu

更新日:2023年10月28日
       (最終回)


1: 神様の国なのに、
   どうして神様がいないの?


2:神様さがしのはじまり

3:鳴き声

4: いつもしずかに笑っている

5:お墓と御神体

6: 見えていて、見えてない

7: ふりむかないあいだは、
         そこにいる


8:古い神様と新しい神様

9:森の神様、森が神様

10:神様はどこにでもいるよ

11:温暖化と寒冷化

12: そこにいるけど、
       どこにもいない


13:団地の子育て

14:巣立ちのすがすがしさ

15:森と山の通い路

16:森のいぶきと子供たち

17:名代の木

18: アップルパイ・
         パーティー


19: 森と山と川をつなぐもの

20: ボクたちを包む神々しさ

21:生き物だけの進化

22:宇宙の〈四大〉

23:場所とそれをこわす力

24:内なる四大、内なる神様

25:護られて、護る


ロラとロルの神様さがし
――後篇:アニミズム神学、または楽しいおしゃべり――


朗読・michiko

25:護られて、護る (最終回)

 ボクたちのからだの中にも、風、お水、火、土があって、それが外の〈四大〉とひびきあう、おたがいに〈引力〉を持ってるから、名代っていう〈神様をさがす子〉が生まれてくるっていうお話までだったね。今月はそれが、〈子育て〉につながっていくっていう、そういうお話らしい。
アカゲラの子育て
 ヨシはまずいつものように、新しい絵を一枚見せてくれた。アカゲラの子育ての絵だよ。ロラとロルが、「わあ、かわいいね」とすぐ歓声をあげた。ヨシもにこにこ笑って、こう切り出した。
 「そうだね、ロラとロルがこの島国に来て、〈神気〉をさいしょに感じたのは、アカゲラが子育てをしている森でだった。その時は、森ぜんたいが神々しく感じたんだよね。」
 「うん、そうだよ。そして、こういうところで子育てできて幸せだなって感じた。」
 ロルが言うと、「木の洞がたくさんあるしね」とリリーも賛成する。アカゲラとかキツツキは、新しい巣をつくるだけじゃなくて、古い巣も貸したり借りたりするみたいね。
 「そうだね、こういうところ、つまり子育てに向いた森っていう場所をまず憶えておこうね。もう一枚子育ての絵だよ。これはキミたちはもう見てるね。あ、リリーとネルはまだだけど。」
ウミネコの子育て
 ヨシが見せてくれたのは、あのウミネコの子育てだっていうことはボクもわかったよ。見たことないけど、海辺の絶壁にたくさん「団地」みたいに巣をつくるんだってね。
 「ここは絶壁で、キツネとかイタチとかの悪さをする天敵がこられない。だからみんな安心して子育てできる。だからまあ……団地みたいにこみあってくるんだったね。」
アホウドリの子育て
 ヨシはもう一枚取り出した。わきからのぞいたアルバがすぐ、「あ、ボクたちだね」って言ってにっこり笑った。親鳥が二羽、むくむくしたヒナを大事に育ててる。どこか南の島みたい。アホウドリの子育てだってわかったよ。
 「こういう開けた島で子育てするのはどうして?」
 みっちゃんがアルバに聞いた。ボクたちもそうか、不思議だなって思ったよ。だって、ウミネコもアホウドリも、いちおう海のお魚を食べる海鳥の仲間でしょ。でも子育ての場所はぜんぜん違うみたい。アルバはうなずいて、こう言った。
 「それはね、餌が豊富だからだよ。この島のまわりには、たくさんお魚とかイカがいるの。ボクたち、育ちざかりの時は、もうぱくぱくもぐもぐすごい食欲だからね。」
 「でも……こんなに開けてると、危険じゃない?」
 みっちゃんがまた聞く。アルバはちょっと頭を左右にゆらした。
 「あ、それもだいじょうぶだよ。ぜっかいのことう? そういうとこだから、天敵はほとんどいない。それにボクたち、からだ大きいでしょ。飛び立つのに滑走路がいるっていうか……草原と絶壁があると、楽に飛び立てるんだよ。とくに巣立ちの時とかは、とっても助かる。」
 ヨシはうなずいて、またボクたちを見た。
 「こうしてみると、同じ仲間でも、ちがった場所で子育てするっていうのは、ごく普通に起きてるみたいだね。みんなでも、まず安全を確保する。安心して子育てできる場所をさがす、それは共通している。そうするとね、また場所が問題になる。こういういろいろな場所はどうやって用意されるんだろう。」
 「お水と、風と、お日様と、土?」
 リリーがこう言ったけど、ちょっと自信なさそうだった。でもそれでよかったみたい。ヨシは「そうだよ」ってあっさり言って、こう続ける。
 「やはり場所を用意するのは四大なんだ。森や山、谷川をつくるときと同じだけど、もっと……そう、きめが細かいっていうのかな。森なら森で、たくさん木の洞があったりする森が好まれたりするわけだね。海辺なら、松並木とか……あとは岩壁、絶壁だね。そういう風に見るとね、〈四大の進化〉も見えてくる。生き物の進化と並行して、四大の造型する地形も、複雑に、きめが細かくなる……そしてついに、〈子育て〉のお手伝いを始めるわけだね。その時には、ボクたち生き物も、ずいぶん複雑になっていて、きめのこまかな生活をしながら、子供を育てるようになる。その前に相手を見つける、こういう風にね。」
アホウドリのカップル
 ヨシはまた絵を見せる。アホウドリのカップルだよ。カップルが成立して、すっごく喜んでる絵。アルバはうれしそうに、ほこらしそうに、からだをゆらしながら歩いた。
 「ね、いっしんどうたいでしょ。こうやっていっしょに鳴いてね、あとはカチカチカチッてくちばしをぶつけて、〈あいをたしかめあう〉んだよ。」
 「ともかく、もりあがってる、それは言えてる。」
 リリーはこう言って、キキキッて笑った。きっとリスはそうやってお互い笑いながら、「あいをたしかめあう」のかもしれないね。
 「カップル成立まで、ちょっと苦労する生き物もいるよ。」
シカの求婚、オスのツノ比べ
 ヨシはちょっと笑いながら、次の絵を見せる。ボクたちの絵だよ。「オスの角比べ」っていう儀式。これでお見合いしてるんだよって言ったら、キミたちびっくりするかな。でもそうなんだ。ボク、まだツノないし、なんか自信ないけど……いざとなったら「やるっきゃない」のかな……
 「この奥さん? フィアンセ? なんか、〈かってにやってね〉みたいな顔してるね。つめたいなあ……」
 キビオがこう言って、チチチッて笑った。
 「あんまりあいはない、それはたしかね。」
これはみっちゃんの意見。たしかにそういうとこあるかもしれないね。男の子はいっしょうけんめい、でも女の子はおいしい草に夢中、とかいうの、よくあるらしいし。「いっしょうけんめいやってるのはわかる、でもどっちもあせくさい」とか言う子だっているみたい……でも、家庭をもったらもちろん二人協力して、大事に大事に育ててくれるんだよ。それは言っておかないとね。  おかしいのは、ボクたち子供でしょ、でもすっごくきょうみしんしんっていうか……こういう大人の姿みると、なんかひとごとじゃないっていうか……なかまうちでもよく「あの人と、あの子が……」とか話題にするしね。「ええっ、あの子が! ありえなーい」とかいうの。なんとなくわかるでしょ。この時もね、みんないっしょうけんめい絵を見てるんで(ボクもだけど)なんかおかしかったよ。ヨシはきっと笑うまいとしてるんだろうね、ちょっと難しい顔をしてボクたちを見てたけど、とうとうにやって笑った。
 「ね、面白いでしょ。出会いもいろいろ、子育てもいろいろなんだよ。すごくパターンが多い。そしてみんないっしょうけんめい、これが生き物きょうつうの姿だけど、わすれないようにしようね、それができるのは、森があって、山があって、谷川があるだけじゃない、それがもっときめこまかく、優しく、小さくわかれてきたからなんだ。かべにはめこまれたくぼみみたいなイメージで、〈ニッチ〉と呼んだりするんだよ。ここにもね、生き物とお外の四大の世界、〈環境〉って総称される世界の、みっせつなやりとりがある。そしてそれは……」
 ヨシはボクたちをまた見回した。
 「そしてそれは、ボクたちの神様さがしに深く深く関係している。生き物はね、複雑になり、こころが豊かになって、ようやく子育てをはじめた。だいたい二億年くらい前かな。その前はね、親はたくさん子供を産む、そしてそのままかわいそうに死んだりするんだけど(イカやタコはいまでもたいていそうだよ)、子育てはしなかったんだ。」
 「産みっぱなし? わあ、ひどい。」
 リリーが顔をしかめると、「でも産んで死ぬってわかって産むんだよ」ってキビオが注意する。リリーも「あ、そうか」って言って、またヨシを見た。
 「子育ても進化してきたのね、でも……古い子育てものこってる、それでいい。さべつとかしない。民主主義だから。」
 ヨシはうなずいて、子育てにぜったい必要なもののお話にすすんだ。まず〈環境の進化、そのきめのこまかさ〉が必要、これはわかった。次が面白いんだ。〈ぜったいてきなしんらい〉だっていうんだよ。どういう意味かなって最初思ったけど、聞いているうちになるほどって思った。つまり……親になるって大変でしょ。子供はいっつもお腹をへらしてるし、子供は弱いから……かわいそうに、ほかの天敵からねらわれたりする。それでそんなに難しい子育てなのに、それでも思いきってやるには、〈環境〉、または〈生態系〉を「絶対的に信頼」する必要がある。それと同じくらい大事なのは、むずかしい、危険な子育てもきっとできるっていう、自分の能力、祖先から受け継いだ「親としての能力」を、やはり「絶対だいじょうぶだと信頼」する必要があるっていうの。そして……もっと面白い話になった……
 「そしてね、この信頼が、神様に対する、ボクたち生き物の信頼のもとになったんだ。」
 ヨシはじっとぼくたちを見た。ぼくたちはね、ええっと思って、顔を見合わせたよ。でも……へえ、そうなんだっていう顔に、だんだん、みんななっていくのがわかった……ヨシはそれを見て、ちょっと笑った。
 「ヒントはね、ボクたちのさがしていた神様は、ボクたちが子育てを始めた時、もうそこにいた。だって、世界の中の神様、〈世界内存在〉だからね。それ以外の神様は……さしあたりここでは考える必要はない。」
 「わかったよ。ヒコとヒメもおとなになったんだね。大人になって、森の神様、谷川の神様になって、子育てしていいよって、そう優しくさそったんでしょ。それで小鳥さんも、シカさんも、その神様を〈ぜったいてきにしんらい〉した。」
 ロルがうれしそうに言うと、ああ、そうだって、ボクたちにもわかったよ。神様を信頼するっていうのは……つまり森や山や谷川を信頼するってことだ……そしてそこにたくさんできてる、〈生きていけるニッチ〉を信頼して、そして木の洞に入ったり、絶壁の団地に入ったり、滑走路つきのぜっかいのことうに降りたりして、子育てに入る。去年もうまくいった、ことしもぜったいうまくいく、どんなに難しくても乗り切るぞって決心して……
 そうだね、そこにはたしかに信頼がある。あれこれの信頼じゃなくて、ぜったいてきな、むじょうけんの信頼がある。そして……それがまさに神様にたいする信頼だって、ボクたちにももうわかった……
 「信頼はもう一つある。もちろん、ヒナの信頼、自分を護ってくれる、お母さん、お父さんへの絶対的信頼だね。」
ハクチョウとヒナ
 ヨシはこう言って、もう一枚の子育ての絵を見せてくれる。「わあ、かわいい」って、みんないっせいに声をあげた。ハクチョウのお母さんとヒナだよ。大きな羽の中に、ヒナがもぐりこんでる。すっごく安心した顔をしてるのがわかって、かわいかった。
 「これはね、ライチョウのライラさんもやってたでしょ。カロ君を翼の中に隠す。それはヒナを護るお母さんの基本的な動作なんだ。」
 ヨシは説明して、また笑いながらみっちゃんを見た。
 「どうしてだろうね、こういう絵っていうのは、何枚描いてもやみつきになるよ。」
 「そうね、なんかわかる。何枚でも見たくなるし。」
 みっちゃんも笑ってた。ヨシはボクたちを見て言った。
 「この子供やヒナの信頼は、すごくだいじなんだ。これがまた神様さがしと関係してくる……と思う。でもその前にね、いまみっちゃんに言ったことだけど、どうしてすぐこういう光景を見て、わあ、いいな、かわいいなとボクたちが思うか、それを考えてみようね。それは……家庭のすがたにつながっていくみたいだよ。」
ハクチョウの一家
 ヨシはまた絵を見せてくれる。つながりはすぐわかったよ。ハクチョウの一家の絵。みんなですいすい池を泳いでる。お父さんが先頭で、お母さんがしんがり。子供たちはしっかりまんなかで護られている。もう一枚見せてくれた。それはおサルさんの親子。
 「これもボクたち生き物に共通する姿だね。子供は弱い、だから護らなきゃいけない。ちょうど護らなきゃいけない間だけ、お父さんお母さんがついてあげてる。自分で生きていけるようになったら、巣立ちがまってる。お父さんお母さんは、つぎの子育てにうつる。これは……まるで自然の文法みたいなものだよ。どこでも、しっかり守られていく。そのことでボクたち生き物の生活は〈意味〉を持つ。無意味なその日ぐらしじゃなくなる。〈有意味性〉の基本のルールだね。だからごくあたりまえの光景なのに、こんなに変化に富んでて、そしていつ見ても新鮮で、こころをうつ。それがなぜか、どうしてこういう文法が成立するのか、そのわけを考えてみたいんだ。」
サルの親子
 ヨシは上を見上げた。もう日暮れ時で森に夕日がななめにさしはじめてる。あたりの小鳥さんたちも鳴きやんで、お日様をおがんでるようだった。ヨシはまたボクたちを見回して、こう聞いた。
 「子育てと神様の近さを感じたこと、あるかな? 自分が小さいころのこと、ちょっと思い出してごらん。」
 みんな顔を見合わせた。ホシがすぐこう言った。
 「お父さんもお母さんも、すごく優しくて、お日様みたいだなって感じたよ。」
 「あ、わたしも」とリリーが言うと、みんな賛成した。ボクも同じような感じを持ったけど……ちょっとちがってた……すぐみっちゃんが気がついてこう聞いた。
 「ネルはちょっと違うみたいね、どう感じた?」
 「うん……お日様みたいで……でも香りのいい風みたいで……しっかりふみしめられる土みたいで……のどがかわいてるときのお水みたいで……そして……神様ってこんなふうに優しいのかなって……」
 思い出した通りを言うと、みんな、へえっていう顔をした。ちょっとおかしなこと言っちゃったかなってあせってたら、そうじゃなかったみたい。みんな、「そうだね、そういう感じ、たしかにあったね」って賛成してくれたんだ……
 「そう……神様みたいに父さん、母さんを信頼する……ネルはね、ごく普通の子供の気持ちをおぼえてたんだよ。」
 ヨシもこう言ってくれたんでほっとしたよ。ヨシはそれだけじゃなくて、「文法とのつながり」を教えてくれた。
 「さっきは父さん、母さんの信頼、ぜったいてきな信頼が必要だっただろう。それは環境に対する、子育てにぴったりの木の洞や絶壁や広々とした草地のある小島にたいする信頼だけど……そのすぐうしろには、もう風、土、光、そしてお水に対する信頼がすけて見えてた。四大のヒコ神様たち、ヒメ神様たちたいする信頼だね。じゃあ、子供たちはどうだろう。お父さんお母さんをやっぱり絶対的に信頼してる。ね、入れ子っていうんだけど、重なってるんだよ。両親は神様を信頼し、子供たちは両親から透けて見える神様をやはり信頼してる、これが子育てにぜったいに必要な条件なんだ。するとね、ここでも〈引力〉が見えてくる。子供が両親に引き寄せられて、両親が環境の優しさ、神様の優しさに引き寄せられてるだけじゃない。それだけじゃ足りない。あと一つ、ぜったいに必要なものがある。それはなんだろう。」
 みんな考えた。でもわからない。あきらめようかなと思ったら、「あっ、あれかな」って突然ロラが言って、なにかロルに耳打ちした。ロルもぱっと顔を明るくして、「うん、あれだよ、きっとそうだよ」って言った。それからボクたちに説明してくれたんだ。
 「ほら、子育てをする時に、どうして父さん母さんはあんなにいっしょうけんめいか、そのわけを聞いてみようって言ったでしょ。それでね、みんなもう帰りかけてたけど、ライラさんにね、『カロ君、かわいいね、かわいいから子育ても楽しいでしょ』ってボクが聞いたの、そしたらね、ライラさん、なんていったと思う?」
 ロルはボクたちを見回す。ボクたちは、〈のどもとまで答えが出かけてる〉みたいな感じで、もやもやしてたよ。そしたらロルは叫んだの。
 「わたしの子供なのに、神様の子供みたいに思えます この子のためなら、どんなことでもできると感じますって、そう言ったんだよ。」
 あっと思ったよ。言葉はちがうけど……ボクの父さん、母さんも同じようなことを言ってたことを思い出したんだ。うとうとしてるときに、ボクの寝顔を見たんだろうね。「わたしたちの子なのかしら、こんなにすばらしい子……」って母さんが言ったら、「だからさずかったんだよ、だいじに育てなさいって神様が下さったんだ」って言った。夢の中みたいだけど、ボク、そんなのないよ、父さん母さんの子なのに、とか思ってた……そのまま眠たくなって寝ちゃったけどね……
 ヨシはうなずいて、「わかった? 引力だよ」って言う。それで、たしかに子供が親に引きつけられる、同じくらい親が子供に引きつけられないと……ほんとうの子育てじゃないんだなってわかった気がした。
 「ボクは……こころの発生と進化についてちょっと考えたことがあるんだ……両方とも、子育てと密接に関わってることまではわかってた。こんど、みんなの神様さがしにつきあってるうちにね、また考えが少し進んだみたいだ。やっぱり……家庭や子育てには神様の影が射しているみたいだね。はたらいているのは、ぜったいてきなしんらいの力だよ。それが双方向的にはたらく。」
 ヨシがこう言うと、めずらしくみっちゃんがちょっと顔をしかめて反対した。
 「わたし、そういうの聞くと、なんか戦前を思い出すな。父さんたちから聞いた戦前だけど……家庭とか子育てとかをぜったい視して、大変だったみたいから……」
 「そうだね、どなた様かが国民のお父さんで神様だとかでしょ。もちろんボクも知ってるよ。そしてそれは……文明の一場面、そのイデオロギーだっていうことも知っている。だけどね、家庭と子育ては、生き物共通の基本的事実だよ。それはいいでしょ。」
 「それは……そうね。」
 「だったらね、一度文明とイデオロギーを〈括弧に括って〉、その生き物としてのしんじつを見る、それと向き合うことも大事じゃないかな。ボクたち人間だって、文明の〈きょしょく〉を取り去れば、生き物だからね。」
 「そうか……大事なことだから、利用……悪用もしやすかったとか?」
 「うん、文明史じゃひんぱんに起こる、悪しき生物主義だよ。うちの部族は、オオカミみたいにゆうもうだ、くらいからずっと続いてる。」
 「わかった、じゃあ……その進んだ考えを聞かせて。」
 これでめずらしい「仲違い」は終わったみたい。何のことかボクたちわからなかったけど、でもなんだかほっとしたよ。ヨシはまたボクたちを見た。
 「ね、人間は文明を持ってるからちょっとややこしい。でもその人間も、生き物の基本を忘れちゃいけない。よく忘れてしまうんだけどね。それで……そう、父さん、母さんと子供たち、ヒナたちが、おたがいに〈神様の影〉を見てる、それがなぜなのかってところまで来たんだったね。それはね……〈護る、護られる〉っていうことが〈引力〉みたいにはたらいているからだよ。それ以外にはありえない。ちょっと強い断定で悪いけど……そうなんだ。真実なんだよ。」
 なんかまた……〈のどもとまで出かかってる〉感じがしてきたのがおかしかったけど……みんなそうだったみたい、じっとヨシを見てた。
 「すべては、考えられないほどの大きな大きな優しさから出発した。四大のヒコたち、ヒメたちはね、その優しさの中で、大きな大きな夢を見ていた。その夢には子供に神様の影を見る父さん、母さんと、父さん、母さんに優しい神様の影を見る子供たち、ヒナたちももう見えてた。そのすばらしさにうたれて、ヒコたち、ヒメたちは、〈約束のおきて〉を作った。そうして山や川、森や谷のすばらしい生態系をつぎつぎに準備して、生き物たちをそこに招き入れた。どうしてだろうね。ひょっとして……最初のヒコたち、ヒメたちも、護られたことがあったからじゃないかな。この宇宙から、この大地から、そして時間から護られて、そして四大の子供たちになった。」
 ヨシはちょっとロラとロルを見た。ロラとロルもじっとヨシを見てる。ひかりの玉がいつもより明るく強く輝いてるように感じたよ。
 ヨシはまたボクたちを見て続けた。
 「ぜったいてきな優しさというものが、この世界にはたしかに存在する。なんとすばらしいことだろう。そんとくを越えた、ぜんあくをこえた、おきてすら越えた、原初のぜったいてきな優しさというもの、それがこの四大の子供たちを産んだんだと思う。産まれたけど……父さん母さんはもういなかった。ただ優しい子供たちとして、そこに存在した。そして優しい気持ちで世界を見て、生き物たちを見て……よし、ボクたちが、わたしたちが護ってあげようって思った……
 だって、まだ生き物はよちよちあるきで、みんなかわいいヒナだったんだ。優しい四大に護ってもらって、ようやく生きていけたんだよ。そういう生き物がずうっと続いて、やがてお父さん、お母さんがうまれて(文字通り生まれて)子育てがはじまる。その子育ては、やはり護って、護られることだった。こうしてヒコたち、ヒメたち、原初の〈みなしごたち〉の夢はかなったんだよ。子育ての地球は、宇宙で一番優しい、そして神々しい場所になった。そうボクは感じるんだ。」
 ヨシはまただまって……森を見た。ちょっとてれたみたいにほほえんでる。
 あとになって、キビオが「この時のヨシはすごかったね、なんかちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ボクの足の爪の先くらいは神様っぽかった」って言ったけど、そうだったかもしれない。ヨシによるとね、神様になるって……けっきょくこの優しさを持つことみたいだし……そのいみでは、みんななれるのかもしれない。だからヨシも、この時一番神様に近づいてたのかな……
 「そうね、わたし、げんしゅくなきぶんにひたってたから、こんなとき、ぜったいキビオにおならしないでほしいなって思った。」
 リリーは真面目な顔で言って、キキキッて笑った。これも……てれかくしかなとかちょっと思うよ。そういう「げんしゅくな時間」っていうのは、ほんとうに少ないからね……そのくらいは、ボクにもわかってきてる……
タンチョウの一家、子育て中
 ヨシは笑って、「牧師さん風だね、ボクのがらじゃないけど」って言いながら、また絵を見せてくれた。タンチョウヅルの一家の絵。しんみりした絵だったよ。
 「けっきょく、こういうすばらしい光景がすぐわかるということ、これがまたすばらしい、それがボクたち生き物の相互理解の出発点だね。」
 ヨシはもう一枚絵を並べた。〈根の山〉の絵だよ。朝焼けに輝いてる。
 「さあ、こうしてぐるっと出発点にもどってきたね。原初の〈根の山〉の記憶は、そしてあの優しいヒコたち、ヒメたちの記憶は、この島国ではこの山がずっと護り、伝えてくれた。〈神気〉のあふれる山としてね。ロラとロルもそれを感じた。でも実際に行ってみると……近くで見ると、赤茶けた、普通の火山だった。それでがっかりして、どうしてかなと思ったことから、この神様さがしが始まったんだったね。どうかな、まだがっかりしてる?」
 ヨシが優しく聞くと、ロラとロルは首を横にふった。ロラがロルを見ると、ロルはうなずいてこう言った。
朝焼けの富士
 「ううん、もうがっかりしてないよ。ホムラさんはいまは眠ってる。もう火のエネルギーはじゅうぶんだって、新しいヒコ神かもしれないホムレが言うから、すやすや眠ってる。それでこんなに神々しい世界が広がっている。この世界を……ボクたちも、ぜったいてきに信頼するよ。」
 「そしてそれが、そのまま、神様をぜったいてきに信頼すること、そのことがよくわかった。」
 ロラもきっぱりと言った。ヨシはうれしそうにうなずいて、こう続けた。

 「すこし哲学っぽくまとめておこうね。ボクたち生き物は、とくべつに優しい〈四大〉に護られてここまできた。そのとくべつな〈四大〉が造型した生態系に、と言ってもいい。その中で、そのとくべつに優しい〈四大〉の神性、それに呼応する、ひかれあう、〈内的な神性〉が、ボクたち生き物の内奥に生まれた。護られるものから、護るものへと成長していくものたちが生まれ……やがて名代が登場する。
 このすばらしい〈こころの進化〉をはぐくんだのは、子育てだよ。子育ての中にある、護り、護られる関係が、生き物たちのこころをつよく、せんさいにきたえていったんだ。そしてあの原初のヒコたち、ヒメたちに近づこうとする生き物が生まれ……名代が生まれ……御神木が生まれる。〈神の似姿〉たち……
 こうしてボクたちの地球は、〈神気〉にあふれる、生き物たちの楽園になった。その焦点は、神性だよ。神様と、ぼくたちのこころの呼応、そのかけはしは、ぼくたちのこころに内在する、〈神的なもの〉だ。それ以外ではありえない。そしてそのあらわれは、わかりやすく、尊い。つねにそれはむじょうけんに護るもの、ぜったいてきな優しさとして外化する。この〈神の似姿〉への外化の結果、たくさんの犠牲も生まれる。しかし犠牲が目的じゃないんだ。護ることそのものがが目的なんだよ。その結果として生まれる犠牲は甘受され、祀られ、たくさんの神話と伝説を産んでいく。ぼくのつたない童話も、その末尾あたりのお仲間かもしれない……そうあってくれればと願ってるよ……そしてきょうのこの楽しいおしゃべりは、その信じられないほどすばらしい総過程の……そうだね、まとめで序なんだろうね。」
 「そうね、序でまとめ、とってもいい。この信じられないほどすばらしい、穏やかな秋の一日の、わかりやすい終わり方。」
 みっちゃんはこう言って、にっこり笑った。
 「さあ、そろそろお家に帰る時間ね。」
 こうボクたちに言ったんで、ああ、そうだなってはじめて気がついたよ。
 ヨシとみっちゃんは、林道をいっしょに歩いて見送ってくれた。少し見晴らしがきくところで、お山と夕日をみんなでおがんだ。ロラとロル、アルバはまた山荘にもどっていく。きっとつぎのホームページの相談をするんじゃないかな……
 ボクたちは、ちょっとくたびれ顔で、ゆっくりお家に帰っていった。すっごく面白い遊びで一日が暮れた子供みたいにね。だけど、ボクたちもいつか大人になる。そうなったら……だれかを護る大人になりたい、そしてそのことで、むじょうけんの優しさ、ぜったいてきな優しさに少しでも近づきたい、そうみんなの顔に書いてあった。おそらく、ボクの顔にも……それが楽しいおしゃべりの成果だったんじゃないかな。
 じゃあ、ボクたちの神様さがしのお話はこれまでだよ。またいつか会えるといいね。その時、ボクはキミの中に、キミはボクの中に〈神様の影〉を見ているかもしれない……見ていないかもしれない……でもきっといいお友だちになれるよ。そのときまで、この地球のすばらしい風とお水と土とひかりを、しっかりからだとこころにうけとめて、楽しく、仲良く生きていこうね。

                                     〈おしまい〉



Copyright © 前野佳彦 All Rights Reserved.