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 ロラとロルの神様さがし menu

更新日:2023年10月28日
       (最終回)


1: 神様の国なのに、
   どうして神様がいないの?


2:神様さがしのはじまり

3:鳴き声

4: いつもしずかに笑っている

5:お墓と御神体

6: 見えていて、見えてない

7: ふりむかないあいだは、
         そこにいる


8:古い神様と新しい神様

9:森の神様、森が神様

10:神様はどこにでもいるよ

11:温暖化と寒冷化

12: そこにいるけど、
       どこにもいない


13:団地の子育て

14:巣立ちのすがすがしさ

15:森と山の通い路

16:森のいぶきと子供たち

17:名代の木

18: アップルパイ・
         パーティー


19: 森と山と川をつなぐもの

20: ボクたちを包む神々しさ

21:生き物だけの進化

22:宇宙の〈四大〉

23:場所とそれをこわす力

24:内なる四大、内なる神様

25:護られて、護る


ロラとロルの神様さがし
――前篇:聞き取り調査――


朗読・michiko

8:古い神様と新しい神様

  妹さんを鉄砲水で亡くしたカワセミのサワは、その時、妹さんを助けようとした父さん、母さんも失ってしまいました。サワはそのトヨさんから言われて、上流のカワセミたちを逃がそうとしていたようです。知らせを聞いてあわててもどってみると、巣のあったあたりはもう濁流の中でした……それからしばらくして、トヨさんの声が聞こえるようになり、その忠告といいますか警告は、カワセミだけではなくこの谷川ぞいに住む他の小鳥や、生き物たちにも関係していましたので、それにしたがっていろいろと困っている仲間たちを助けるようにしてきたのです。それでサワは、いつのまにかここいらのリーダーへと成長していったのでした。そしてそのうちに、サワは谷川の流れ方にいろいろな変化があるのに気がつきました。流れの量、澄み方、お魚の種類や元気さ、それを調べるために、いつも川の中ほどの朽ち木や岩に留まって、じっとお水を見るしゅうかんがつきました。これも妹さんといっしょにやるようになったことの一つです。
 
谷川の水を見るサワ
でも妹さんの声、その忠告の中で、サワにはどうしても「ふんぎりがつかない」ことがありました。それはこの谷川を離れて、ずうっと向こうの尾根伝いにあるいくつもの谷川をたずねて回り、そこで「新しい神様を探しなさい」という、そういう忠告です。その忠告にしたがう決心がようやくついたのが、キビオたちが訪ねてきた、この秋の日だったわけですが……その忠告の意味は、ロラたちが聞いてみると、ある意味、とても単純でした。この谷川は、もう住めなくなり始めているというのです。もうしばらくすると、お魚が住めなくなる、だからそのお魚に頼って生活しているカワセミや、他の鳥も、もうここでは暮らしていけなくなります。そのことは……あの〈沼の神様〉と関係していました。聞いているうちに、キビオもぴんときたようです。サワが少しだまりこんで、考えをまとめる風なのを見て、こう聞きました。
 「つまり……鉄砲水だね。あれは、人間もからんでるってボク聞いた……」
 サワはうなずきました。
 「そう、二重の意味でね。」
 「二重の意味?」
 ロラが聞きます。
 「一つは……温暖化ね。鉄砲水の原因は台風が二つもきたからでしょ。直撃はしなかったけど、雨台風で、すごく大きかった。」
 リリーがこう言って、ちょっと首をかしげました。
 「もう一つはなに? わたしわからない。」
 「それはね……普通の鉄砲水じゃなくて……放水したんだ。上流にダムが建設中だったの、聞いたでしょ?」
 「うん、前山のふもとだったね。ほら、今日も少し見えたでしょ。」
 キビオが言いますと、ロラたちも思い出しました。前山のふもとから飛び立った時、すぐ近くの森に、白い大きな囲いがあって、お水が少したまっていました。なんだろうと思ったのです。
 「あれはね、もともと人間たちを護るためのものだったんだ。あちこちで大雨が降って、洪水が起きてるから、この谷川がそうならないように、一度水をためて、それを雨がやんでから少しずつ流すはずだったんだ。ところが……係員の人がパニックになったみたいで……すごい雨だったからね、すぐにでも下流の街があぶないって感じて……つまり満杯になってあふれたらってことだけど……警報もなしに水を流したみたい。たしかに下流はだいじょうぶだったんだけど、ボクたちのこの谷川はめちゃくちゃになった……」
 「そうだったんだ……わたし、自然災害かなって思ってた……」
 リリーはためいきをつきました。サワはでも、悪意はなかった、もともとこの谷川も護るつもりだったんだよと言って、こう付け加えました。
 「人間たちも、いまある自然を守ろうとして必死なんだよ。自然と自分たちの生活の両方をまもりたいって思ってる……そういう人たちもたくさんいる。でもおおもとの気候がどんどんおかしくなると、こういうことも突然起こったりするんだと思う……それに……古い神様の予言もあるしね……楽園は永遠には続かない、だからそれをちゃんとわきまえて、日々の生活を大事にしなさいっておっしゃった……」
 「いまのお魚が……そのしるし? もう住めなくなることの?」
トミヨの子育てが始まっている
 リリーが遠慮がちに聞いた時、キビオはあっと叫びました。
 「ど、毒だね……ミドリ沼の毒が放水の時に流れだした……だからあのトミヨも死んじゃった……」
 「そう……でもひとまずおさまったんだ。あの子は運が悪かったけど……もう泉はきれいになってる。あわてなくていいよ、ほら、そこにも家づくりしてる子がいるでしょ。」
 サワは落ち着いて、岸辺の浅瀬をさします。そこではたしかにトミヨが子育ての巣作りをしていました。いましもお母さんが、お父さんが苦労して作ったばかりの巣の中に入って、卵を産むところです。
 「ボクたち一族はね、もともとあの前山の尾根から流れ出る渓流で暮らしてたんだ。トミヨたちとお友だちになったのもそのころだよ。尾根の向こうは広々とした美しい湿原で、そのきれいな水が尾根をこえて、泉になって湧き出してた……ほんとうの楽園だったって聞いてる……」
 キビオもリリーも、その楽園のお話は聞いたことがありました。楽園が突然、奥山の大噴火で地獄に変わってしまったこともです。サワたちのご先祖は、大噴火の直前に渓流のずっと下流、それも海際まで逃げて難を逃れたようでした。それは「前兆」があったからです。
ワミの見た泉の変化。緑色の沼に変わっている
 「ワミとワナっていう仲のいい兄妹がいてね。ワミは女の子で、トミヨのおともだちだった。そのトミヨが大好きな、お水がひんやりと冷たい大きな泉があって、そこで毎日水浴びして、いっしょに遊んでた。でもね、ある日の朝、いつものように水浴びしようとして行ってみると、おともだちは一人もいなくて、泉は緑色の沼に変わってた。その緑色に青や赤の筋があるんだ。ワミはきれいだなと思って見てるうちに……毒気にあたって、沼に落ちた……そのまま気を失って流され、いつもの渓流に出たときにはもう死んでた。見つけた兄さんのワナはなにが起きたかわからずに、もう泣き叫ぶしかなかったみたい……」
 サワは自分もその場にいたかのように、深々とためいきをつきました。
 その夜です、兄さんのワナは長い夢を見ました。その夢はとてもこわい夢で、あの奥山が真っ赤に輝いているのに、あたりの鳥たちは誰も気がついていないのです。すぐ後ろで気配がしました。なつかしい妹さんの気配です。その気配はささやきました。
 「兄さん、こっちを見ちゃだめ。見たらわたし消える。そう女神様に言われたから……」
 ほんとうにワナはすぐふりむこうとしていたのです。でもワミが消えてはいけないので、ぐっとがまんしました。ワミは安心してこう続けました。
 「湿原の神様が、死ぬ決心をなさったの。噴火を湿原までで止めて下さるみたい。そしてわたしたちに時間を下さった。だからすぐに逃げて。もう奥山がすっかり見えなくなる下流まで逃げて、そこで三年過ごしたら、次の楽園を探しなさい、そう神様はおっしゃったの。楽園のしるしは、トミヨだって。トミヨがかならず泉にもどってくる、それを見たら、その泉の神様にお祈りして、住まわせていただきなさいって……そうおっしゃったの。」
 ワナは目が醒めると、仲間に夢のことを伝え、いっしょに逃げようと言いました。でも仲間は笑って相手にしません。すると次のしるしがあらわれました。突然河の水が真っ赤になったのです。そしてむせるような嫌な臭いがしました。これもどうやら、沼の神様の慈悲心からの警告だったようです。赤い水は一日でおさまりましたが、さすがに仲間も、他の小鳥たちも真っ青になって、ワナの言うことに耳をかたむけました。それでワナの言うとおり、三年間、浜辺の近くの林で暮らすことにしたのです。そこに移ったその日に、遠くで赤い柱があがり、つづいて大きな爆音が響きました。奥山が大噴火したのです。でも沼の神様が約束した通り、湿原が毒の沼にかわり、前山尾根が硫黄のガスでめちゃくちゃになった他は、森も川も無事でした…… 
ワナの見る谷川に赤い筋が走っている
 「三年浜辺で苦労して暮らしたあと、ワナは〈神様を探す旅〉に出かけたんだ。そしてこの泉、ボクたちがいま見ている泉と谷川、そして静かな森を見つけた。泉をのぞきこむと、そこにはちゃんともうトミヨが泳いでる……そして気配がした……なつかしい妹さんの気配がすぐ、ほんのすぐうしろでして……とうとうがまんできなくなった……」
 サワはまたためいきをつきました。
 つまり……妹さんのワミは、その泉で、きっと兄さんに会うと約束したようです。しかしその時も、「ふりむいちゃだめ、気配だけでがまんして」と頼んだそうです。兄さんはりょうしょうしましたが……いざその気配がぐっと近くに感じられると、もうがまんできなくなって、「ワミだね」と言いながらふりむいたそうです。そこには誰もいません。上の方にすうっと昇っていくものを感じたので、あわてて上を見上げた時、もうその気配は消えていました。そして突然、その泉から狂ったような笑い声が響いて、ワナはばったりとその場に倒れたのです。
 
あわてて上を見るワナ
起き上がった時には、もう月が出ていました。あたりは穏やかに静まりかえっています。トミヨが何匹も心配してワナのすぐそばまで寄ってきていました。ワナはそのトミヨに、浜辺の仲間への伝言を頼みました。楽園はたしかに見つかったこと、しかし自分は火山の女神様の定めた〈冥界のおきて〉を破ったので、もういっしょに暮らすことはできない。これから女神様をなだめるための巡礼に出かける。自分は罪を犯した。でもそれは自分ひとりの罪であって、一族の罪ではない、生き物の罪ではない。そのことを証すために、ひたすら女神様のお顔を求めるつもりだ、こう伝えました。そしてすぐ、旅に出たのです……
 「仲間があわてて森にやってくると、そこはたしかに楽園だったんだ。でも……これが大事なことだけど……神様の気配はなかった。泉はただの澄み切った泉で、どこにも神気はない……それで神様はまだ生まれていないことを知って、神様をわすれないようにこころがけて、暮らそうと思った……そしてボクたちまできたんだ……」
 お話は終わったようです。サワはじっと川面を見つめています。
 「悲しいお話ね……でも……すごくいいお話。優しい沼の神様のお気持ちがわかる……」
 ロラはためいきをつきました。
 「そのワナっていうえらい子、それからどうしたの?」
 ロルが聞くと、サワはほほえみました。
 「巡礼をずっと続けて下さってるよ。だからボクたちは女神様の怒りからのがれて、こうして無事に暮らしてきたんだ。だからね……」
 サワは妙な笑い方をして、声をひそめました。
 「だからね、ほんとうの神様はワナ様かなって、ボクは思ったりする。妹のトヨもそういう意見だったんだ。だって……だって、女神様って、かんしゃくもちで怖いだけだよ。神様らしくないでしょ。」
 「だいたい、火山の神様って……そういうそうばね。」
 リリーもくすっと笑ってこう言いましたが、でも遠慮がちにひそひそ声でした。
 ロラとロルはさっと顔を見合わせました。ここにはとても大事な「じょうほう」が眠っている、そう顔に書いてあります。ロラがちょっと小首をかしげて、サワに聞きました。
 「つまり……神様も生まれたり死んだりする……それはまあここいらのしんこうの〈つうせつ〉だってもうわかってきた。でもその怖い女神様は、どうやら生まれたり死んだりはしないのね。」
 「うん、そうらしい……だってこの地球と同じくらいのお年の方だからね。」
 サワはまたくすっと笑いました。
 「地球ができて……四十八億年? だったら、少なくともあとそのくらいは怖いままだと思う。」
 「怖いまま……わかった。ひょっとして……女神様っていないんじゃない? たんなるぶつりげんしょう……とか?」
 ロラはまたひそひそごえで言います。サワはちょっと顔をしかめて……「それはげんだいてきけんちだね」とぽつりと言いました。やはりどちらかというと、「こわい女神様」を信じているような顔をしています。
 「じゃあ……森や山、湿原や谷川の神様は生まれ……そしてやがて死ぬ……かもしれない……その神様は怖くなくて、とても優しいのね。ちょうど……ちょうどワナさんやワミさんみたいに。」
 サワはにっこりほほえみました。
 ロラとロルはまた顔を見合わせました。そこには、「この子も神様をさがして、そして神様になるかも」と書いてありました。
 これでサワというカワセミの子の「聞き取り調査」はすべてです。その日は一日谷川ぞいでお花をつんで遊びました。集まったお花を花輪にして、「聖域」に奉納したのです。サワはもう難しい話はせずに、すっかりくつろいで一緒に遊んでいたようです……
 ………………
 「つまり、サワも、ワナさんみたいになるんじゃないかって、そうロラは思うんだね。」
 お話を聞き終わってわたしがこう言うと、ロラは「そうだけど……」と言って、ちょっと笑いました。
 「そうだけど、ちょっとちがうかな。サワさんはきっとうしろは振り向かないよ。振り向かないでありがとうって言うと思う、その楽園を見つけたらね。」
 「でも楽園には神様がいないといけないでしょ。サワが神様にならないと、だれがなるの?」
 ロルの質問はとても論理的です。
 「その時はね、火山の女神様が残ってるよ。」
 わたしがこう言うと、二人は顔をしかめました。
 「いやだよ、そんなかんしゃくもちの神様。」
 ロルは口をとがらせます。
 「そんなぶつりげんしょう、なんおくねんつづいても、じんかくなんかない。」
沼の神が示すまぼろし。毒沼の生命元素が
無数の生き物を産んでいく
 ロラは「りけじょ」の気分でしょうか、とてもきっぱりと言います。そこでわたしはとっておきの「神様のほんとうのすがた」の話をしました。怖い神様の奥に、ほんとうはとても優しい神様がしっかり眠っている、大噴火だって、けっきょくは生命元素をたくさんばらまいて、みんなのためになる、そういうお話です。わたしはその「しょうこ」に、その亡くなった沼の神様が、クラやマル、ホシに見せたまぼろしの絵をひっぱりだしました。クラから聞いて、想像で描いた絵です。毒沼のぶっしつが、やがて生命の元となる、そのことがすごいなと思ったので、図解してみたのです。ロラとロルはすぐのぞきこみました。
 「これはまぼろしでしょ。でも現実はすごくこわい。この神様が死んじゃうほどこわい。」
 ロラが言うと、ロルもうなずきます。
 「ばらまいて、みんなひとまず死んじゃうんでしょ。もう神様おがむ子だって、しばらくはいないよ。」
 このロルのしてきにも「一理」ありました。ぐっとわたしがつまったのを見て、ロラはにやっと笑いました。
 「だいじょうぶ、もう四十億年、いのちは続いてる。だからがまんしましょう。あと四十億年。」
 「ま、まあそういうことになるね。」
 そういうことになりますが……わたしもあまりその女神様は好きにはなれません。そのことは言っておくべきでしょう……
 さて、次回は……といって、まだロラもロルも次回どこにいくか、決めていないようです。それでわたしの報告も、どうやらいきあたりばったりになりそうです。いきあたりばったりの、〈おおあたり〉を楽しみにしていてください。





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